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人生意気に感ず!・・・その2
さて、前回に続きましてタイトルは『人生意気に感ず!』ですが、・・・その2となっております。

タイトルはその2ですが、前回と直接続いているわけではありません。

偶然、前回の記事を書こうと思っていたところへ、ある本が届いてその本を眺めていたとき、どちらにこのタイトルを使おうかと迷いが生じて両方に使いたいと思い、その2としました。意気に感ず!の二つの話と思っていただければと思います。

届いた本は『毎日10分!寝たままできる ハーモニー体操DVDブック』というタイトルで著者はコンラッド・ユーキ・フッテル氏です。

コンラッド氏は友人です。歴とした日本人です!(だと思いますが 笑)
彼は大学の後輩でもありますが、私とはかなりの年齢差もあり、友人というのはおこがましいですかね(^_^;)

その彼から以前、本を出すので私を紹介したいと連絡をいただき、私はフェルデンクライスのプラクティショナーの一覧にでも入れてくれるのかと思い、軽い気持ちでご自由にどうぞと返事をしておいたのです。

本が届いて、その扱いにちょっと驚いてこれは何らかの形で謝意を表したいと考えておりました。

この本の私的な感想及び評価という形でブログに掲載してもいいのですが、私の名前がこのように掲載されている以上、場合によってはコンラッド氏の名誉のためにもプラスにならないとも思え、少し違った形を取ることにいたしました。

彼は若手ながら、おそらくはフェルデンクライスの世界に留まらず、大きな活躍をなさる可能性の高い方です。私が褒めるまでもないのです。

フェルデンクライス・メソッドも生ける伝説と化しつつあるミア・シーガル女史から直接の薫陶を受けており、正式の教師ですから、実力も確かです。また、多くの優れた身体能力開発法の指導者ともご縁があり、専門家にとかくありがちな、自分の専門の色眼鏡で他の類似の分野を視ることもなく、相対化して様々なものを観る能力も優れております。

というわけで、これ以上、私が褒め言葉を本に関して述べれば、ホメ殺しとなってしまいかねません(笑)

そこで、せっかく彼が本を書いてフェルデンクライス・メソッドの紹介の仕方に一石を投じてくださったので、今回はこの機会を使わせて頂き、フェルデンクライスの本を書くことの難しさの一端を考えることで、氏への謝意としたいと思います。

ここからは、私もプラクティショナーという立場を離れて、若かりし頃、フェルデンクライスに夢中になりながらもフェルデンクライスとは何かがさっぱり分からず、苦悩?した時を思い出しながら書いていこうと思います。おそらく、多くのフェルデンクライスを学び始めている方々がそうそう!それそれ!という似たような感慨を受けるところもあるのではないでしょうか(笑)

今はネットでかなりのことが調べられますが、当時(25年以上前)はネットなんてありませんでしたから、情報は口コミと本だけでした。今でも体系立ててとか、より詳しく知りたい場合は本を読むと思います。

日本人がフェルデンクライスの本を書いたということは管見内ですが、知りません。フェルデンクライスについての翻訳であれば第一人者である安井武氏がおります。また、紹介や引用という形では散見されます。

そこで、今回はどう書くべきかではなく何故難しいのかを上記したように、若かりし頃、私が感じたような、あるいは学び始めて疑問が湧き始めたであろう皆さんの立場で列挙していき、なるほど!と実感していただければと思います。

さて、皆さんはフェルデンクライスにどんな思い、疑問、感情などを抱きますか?

素朴なものから、少し立ち入ったものまで質問という形でほんの一端ですが、列挙してみましょうか。

フェルデンクライスを学び始めて、これいい!と思って人に紹介しようと思った時、その人にフェルデンクライスってなに?と訊かれて答えに窮したことはありませんか?

フェルデンクライス・メソッドにはATMとFIがありますが、同じですか?違うんですか?

他のボディーワークと同じようなものですか?違いは何ですか?

ボディーワークだとしたら精神的なことには効果は薄いですか?そもそもフェルデンクライスってボディーワークなんですか?

肩凝りや腰痛が楽になりたいんですが、特にFIは指圧やマッサージなどと何が違うんですか?

治ればいいので、続けてますが何故、ヒーリングではなく学習というのですか?

気づきが大事といいますが、気づきって何ですか?何故、気づくと良くなるんですか?意識とか意識すると何が違うんですか?

進化とか赤ん坊の動きとかいいますが、何故、それらのご先祖様?の動きをすると身体(脳)にいいのですか?

その進化の過程の様々な生き物の動きや赤ん坊の動きと我々一般的な大人の動きって何が違うんですか?

・・・etc.

やり始めてしばらくして頭に過ぎりそうな、疑問をほんの少し挙げてみました。

さらに、何かを専門にしている人だとこんなような質問も出るかもしれません。

私はスポーツ(音楽、芸術、何らかの技能など)で伸び悩んでいるのだが、フェルデンクライスをやればまだ伸びるの?

私は介護をやっているけど、やる側だけでなく、される側にも教えられるの?

私はビジネスマンだけど、リラックスやストレスの緩和というレベルでは実感したけど、続けていれば能力が上がるかな?

教師とか塾の先生が、子供の落ち着きを増して、能力を上げて勉強できるようにしたいのだが、学習といっているけど、効果ある?

専門家だと当然湧くような一般的な疑問をごく僅か挙げてみました。

さらに年数が経ってくるともう少し、本格的?(よりフェルデンクライスの核心、つまり本質や構造など)な疑問も出たりする方もいます。

神経システムという言葉をよく耳にしますが、何ですか?そもそも神経って何ですか?それと気づきってどういう関係なんですか?

動物にも神経システムはあると思いますが、人間との違いは何ですか?

ATM(Awareness Through Movement)=動きを通しての気づき!といいますが、動きの気づき、動きを気づくでは何が違うんですか?どれも動くことで動きの何かを気づくのですから、同じようなものだと思うのですが。

FI(Funcutional Integration)=機能的統合という難しい言葉?概念?ですが、機能って何ですか?それを統合するってどういうことですか。機能が統合されていないから様々な問題が生じるのですか?

ATMとFIは同じだけれど、同じじゃない。違うのだけれど、違わない!というような禅問答のようなことを聞いたことがあります。同じであれ、違うのであれ、動きを通じて気づくことと機能が統合されることの重要性はどういう関係にあるのですか?

多少、フェルデンクライスが長くなると浮かびそうな疑問の幾つかを挙げてみました。


どうでしょう?ほんの僅かしか挙げいませんが、これに答えていく(読み手がハタと自分で解る)本を書くとなると、実践家としても相当な経験を積み、技倆も高度な段階にまで至っていなければ質問者の疑問を実感を持って判りようもないし、その上、それをモーシェ・フェルデンクライス博士が把持していたような科学的な様々な分野の実力をもってして解明していかねばなりません。

結果、途方もない能力と作業が要求されますので、博士の翻訳を読んだもほうがよいということになるわけですが、内容が内容だけに理解するどころか読むのも一苦労となります。

入り口にいる大多数の人にとってはフェルデンクライス・メソッドを分かりたいのではなく、身体を楽にしたいのですから、体系的な本格的な書は煙たいだけで・・・

だからこそ、人観て法説け!の諺があるわけですね。

今後のコンラッド・ユーキ・フッテル氏のご活躍を一層期待したいと思います!!!
【2011/05/22 15:45】 | フェルデンクライス・メソッド | トラックバック(0) | コメント(0)
人生意気に感ず!・・・その1
フェルデンクライス、リコネクションのブログのつもりが、最近はすっかりご無沙汰ですから次回こそは(^_^;)

佶屈聱牙(文章がごつごつして堅苦しくわかりにくいさま・・・既に痛いほど硬いですね(^_^;))的な文章をもう少し分かり易く読みやすい形で書けないものかといつも他の皆さんのブログを拝見して感じてはいるのです。

書く以上、確かに自分の気持ち、現在の状況の表現という形を取ってはいますが、以前書いたように個人的な心情や状況を特別、吐露したいと思っておりませんので、書くにあたっては目にされた方には何か残る、役立つようにと努めております。

ですので、頻繁に更新できるほどの実りある生活を日々送れているわけではありませんので、たまにの更新はご寛恕(これも硬いですかね)願いたくm(__)m

というわけで、検索しても引っかからず、まずは日の目を見ないであろう記事をアクセスして読んで、あるいは眺めてくださる皆様には深く深く感謝いたします。

特に最近の記事は重い内容なため、書いている私も読まれる方は少ないだろうなと思っております。そもそも、もしもこのブログを知っているとすれば、私の生徒さん以外では、かつて縁あった方か、直接お会いしたことがない場合、もう偶然といってもいいくらいで、それを奇特なことに頻繁に見てくださる方がいらっしゃるとすれば私にはご縁としかいいようもありません。

直接の生徒さん達ですら、多くの方が素通りでしょう。最近の記事の重さは私も重々承知しております。

なのにご覧になってくださるとは、巷に溢れているように、近くて薄い縁ではなく、遠くて深いご縁なのでしょう。

今生においては直接お会いすることはないでしょうが、そのご縁、心意気に感じて少しでもお役に立てればと祈念しつつ

今回は『人生意気に感ず』のテーマで書きたいと思います。

さて、手元の辞書を繙いてみると『人間は、金銭や名誉のためにではなく、自分を理解してくれる人の暖かい気持ちに感じて仕事をする(引き受ける)ものだ』とあります。

ところで、善し悪しは脇に置いておいて、何故、先の戦争において、多くの若者が自ら戦地に赴いたのでしょうか・・・単に天皇陛下、御国のためにだけでしょうか?

愛する人、守りたい人がいるからこそ、その人のためにと自ら進んで戦地へと赴いた側面もあるのではないでしょうか。それほどの想いが、これが全てではありませんが、戦地に赴く若者と彼らを送り出す人々との間に激しく、熱くあったと考えるのは当然の事でしょう。

辛い事ではありますが、この人のためなら死ねる!という想いを抱きつつ死ねるということはある意味においては幸福かもしれないと私は深く感じ入ってしまいます。

現在の日本においてはありがたいことに戦争はありませんので、こういう想いを抱かずには済みますが。

そういえば、今、福島の原発の最前線で働いている人達は文字通り死と直面しつつ日夜、懸命に尽力されています。
最近、かの事故が大したことないかの如く、あるいは忘れてしまったかのように、あるいは、敢えて視ようともしない方々を散見します。

東電の下請けとはいえ、社員で当事者なのだから、彼らが原発を何とかするのは当然ですか?外国の多くは人権を高らかに謳っているので、職場放棄しても誰も文句は言えないのですよ。自分の命が大事というのが常識で自分でもそうするからです。

旧ソ連、ロシアですらチェルノブイリの収束に関わった決死隊には勲章と生涯の生活の保証をしました。もちろん、この決死隊に参加した方々は放射能の恐ろしさの事実を知らないまま後でバタバタと亡くなっていくわけですが、それでも命と引き替えですから手厚くは保証しました。

日本は後で白血病などが発症しても訴えないと一筆取らせると聞きました。命を懸ける人に対してする仕打ちですよ。東電が彼らに取る対応の酷さは、たとえば劣悪な食事や居住環境など皆さんもご存じですね。

安全なところにいるので、直接大して影響のない自分たち(東電社員)には積算被曝量を計れる機械をあてがいながら、最前線の彼らには与えないのですよ。

保安院って何を保安するんですか?これって殺人じゃないんですか?

国、役人、自分の親会社ですら敵対関係にありながら彼らは誰のために命を削っているんですか?

メルトダウンしたことを今頃になって発表しましたね。ホウ酸を入れたのは再臨界を防ぐためですが、臨界が起きて爆発すれば今、福島で起きていることが関東全域に広がるということですね。

彼らにとって我々は命に変えても守りたい存在ですか・・・味方のはずが敵だらけの中にあって、彼らの支えになっている方々はどれほどいるのでしょうか?

たとえ、直接、会うことはなくても意気に感ずるってあると思うんです・・・

【2011/05/19 18:24】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
死生観
今朝ふと目にした新聞の記事にこんな事が書いてありました。

四川大地震の際、日本の災害救助隊がご遺体を発見するとヘルメットと手袋を取り、合掌する姿が中国人には驚きだったそうです。中国人の救助隊は見つけると淡々とサッサと片付けるのが普通だったそうです。

この日本の救助隊の行動は日本人の多くにとっては普通の事であり、もしも中国隊のような行為を目にしたら発見してくれたことに感謝しつつも同時にやりきれない悲しさ、怒りもこみ上げてくるでしょう。

逆に中国人にとっては日本隊の行為は普通ではなく衝撃的であり、それが驚きと感動を持って日本人の再評価に繋がったのだと思います。それが、辛いことではありますが、今回の震災によって世界規模で日本人の感性、人間性の再評価として認識されだしたわけです。

ここから言えることは、日本人にとって至極普通の死生観、そして、そこから生じる行動は世界中の多くの人にとっては驚きであり感動を呼ぶということです。つまり、日本人だけではなく、他の民族にも感動を呼ぶということは、それだけ普遍的であり、人間として普通の感覚であるということです。

こういう感覚、そこから生じる感情と行動が、それを忘れつつある他民族の感動を呼ぶのでしょう。

災害救助隊や自衛隊、警察の方々はこういう感情を大事にするように教育や訓練も受けて、一段と深く悲しみを共有するように日頃から生きておられるので、普通の我々以上にご遺族に、亡くなった方々の側に身を置いての言動、身の処し方になるのでしょう。

ここから学べることは、上に立つ者はよりこういう自覚が必要であるということです。この有り様がその人の言葉に耳を傾けるかどうか、信用できるかどうかの明瞭かつ暗黙の判断基準となってしまうからです。

さて、こんな噂を耳にしたことがあります。

日本は、何故、あんな酷い政治なのに国が成り立つのかと・・・それは底辺の日本人が優秀だから、あんな政治家でも成り立つのだと・・・

残念ながら、本当の事でしょう。今回の大震災においても、証明されています。

以下の映像は、個人云々とは関係ありません。上に立つ者がこれでは・・・というあまりに情けない例が見つかったので、他山の石とせぬよう、自戒の意味を込めて貼りました。

現地の人達の服装と、ご当人の重装備の防護服とヘルメット姿、手袋したままの握手、そしてメガホンの内容に耳を傾けてみてください。ご遺体を捜索されている方々は凄まじいご苦労を今現在もされているんですよ。その方々にまずは感謝の念と慰労の言葉を発するのが当然でしょう。それをまだ頑張れ!とは・・・

放射能が怖いからと意図的にやっていようが、自分の言動が現地の人達の感情を逆撫でするのに気づかないのなら問題外ですから尚更に身を退くべきです。
【2011/05/14 16:06】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
楽観的です~♪
GWは皆さんいかがお過ごしですか~♪

今回、なかなか面白い動画を見つけたので楽しんでください~♪

関西は面白いですね。是非、削除されずに多くの方が目にするのを期待したいと思います。
私が最近、ご紹介した動画の多くが直ぐに削除されています。

著作権の問題があるとはいえ、多くの方の人命や人生に多大な影響を与える情報です。
知られるのは不都合だからと血眼になって目を光らせ検閲して削除する暇があるなら、今回の惨事を機に人生の短さ、儚さをおもんばかって人間として真摯な生き方へと方向転換する絶好のチャンスなのに・・・と憐憫の情がそこはかとなく湧いてしまいます(苦笑)

でも、馬の耳に念仏ですね。特に上層部は。下にはこれでは・・・と思っている方々はたくさんいると思いますが、生殺与奪権を握られていますから、逆らえませんね。政・官・財・学・マスコミのスクラムの凄まじさは今回熾烈に見せつけられてウンザリです。

政官財の利権と癒着は毎度の事ですから、驚きませんが、学と特にマスコミは酷いですね。
魂を売ったと前回書きましたが、まさに大手マスコミは魂を売り渡してますね。

前回、台湾の事を少しご紹介しましたが、これ読むと悲しくなります。ここまで、守銭奴に落ちているのかと・・・はらわたが煮えくり返っている社員の皆さんもいるんじゃないでしょうか。

さて、何でここまで落ちることができるんでしょう?彼らは落ちているという自覚は当然ありません。受動的ではなく能動的、すなわち意志を持ってやっているからです。

我々の多くは原発はよくないんじゃないかなぁ。何かあればどうにもならないし、今の我々が贅沢するために子々孫々に汚物処理を残すのも・・・でも電気は必要?だし・・・つまり、漠然と思っているわけですね。

彼らは違います。絶対やるんだ!何が何でも!・・・つまり強烈な意志があるわけです。

たとえばオリンピックでメダルを『取りたいと思っている』人間とメダルを『絶対獲ってやる』んだと意志を持っている人間のどちらがメダルを獲るか?から考えれば答えは当然すぎるくらい当然です。

でも我々はこう思いたいわけです。メダルとは違い、多くの人命、生活がかかっているのだから、良心に照らして情に訴えれば、泣いて頼めば相手の気持ちが動くのでは・・・本当にそうでしょうか?

自分の命が危険にも関わらず何故、多くの選手がドーピングに手を出すのでしょう?

夢が叶うなら命も惜しくない!という人達が結構いるわけです。ここまででなくとも、体験のある方もいるんじゃありませんか?入試に失敗して自殺なんて話は掃いて捨てるほどあるでしょう。たかだか、入試ですよ。でも当人にとっては絶対といっていいくらい大事な事です。

与謝野さんが原発は絶対間違っていない。だから謝らないとハッキリ言ってました。石原さんも絶対止めないと言ってました。彼らには迷いはないんです。自分の意志だからです。そのためには自分の命も惜しくないほどの強烈な思いです。他人の命なんて・・・は当然の帰結でしょう。

原発が良いか悪いかは脇に置いておくとして、起きてしまったのだから仕方ないわけで、どうすればいいかを政治家、官僚、東電、学者、マスコミが各々の責任においてキチッと果たしていけばいいわけです。

彼らがまったく本来の役目をしないどころか、真逆の事をするから、ド素人の私が長々とブログで書くハメになっているんです。私の生徒さん達の中にも大本営発表しか知らない人が多々いますから。

とっても当たり前の事ですが、近々、東海地震、あるいは関東大震災が起きて、また別の原発が福島のようになったら世界は同情よりも憎悪と怒りを向けますよ。だって、今回のことで原発は危険だと分かったはずなんですから。

ロシアのプーチン首相はハッキリと言ってました。『あんなに地震の多い国なのに、よりにもよって何で地震の起きる真上に原発をいくつも造るのかと。日本人は何考えてるんだ!?!?』 2度目はないということです。日本人特有の仕方ないよ!なんて考え方は世界には通用しません。だからプーチン首相は素早くクギを刺しているわけです。


おっと、今回のテーマは楽観的~♪・・・でした(笑)

私は本来は楽観的(ちょっとユニークなあり方ですが)なんです(笑) 生徒さんたちと話していると私って非常に楽観的だなと感じますし、私が悲観的、批判的だと思っている方もあまりいないと思います!(ねっ!楽観的でしょう)

特に他人事や噂などには全然興味ありませんし、井戸端会議的な話題やゴシップは覚えていないというか聞いてないというか・・・こんな男は多くの女性はつまらないでしょうねぇ(笑)

起きてしまった事は仕方ないし、要は、後処理と再発防止をいかにするかしか、時は戻せないのだから悩んでも仕方ないという考え方が基本にあります。

最近、少しずつ、報道の方向が変わり始めたテレビもありますし、御用学者の中にも本来の己の使命に目覚めて転向?しだした人もいます。

今まで、ガッチリスクラムを組んで微動だにしなかった既得権益・利権のタガに多少なりとも楔が入ったことは、悪魔に魂を売り渡した人達が良心に目覚め始めたことは、未だかつてなかったことでしょう。

一般人の我々も多くの人が3.11以降変わり始めました。今まで、絶対に変わらなかった人達に変化が出始めたということは本当に凄いことです。でも、これほどの犠牲が必要でした。

権化の方々が転向するのに莫大な犠牲を毎度必要としていたら、日本は保たないでしょう。我々一人一人がもう少し強く、でも朗らかに変われば、甚大な被害を伴うことも少しは軽減できるでしょう。

私は希望を持っているんです。数年後は、『いや~、ずいぶんとまぁ、シリアスにブログを書いていたなぁ(^_^;)』と・・・これって楽観的すぎ?(爆)
【2011/05/04 22:31】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
いざ!自由へ フェルデンクライス・メソッド


フェルデンクライスを柱に、スポーツや武道、ダンス・バレエ、音楽・芸術などの表現を上達させたい人へ、そして、健康的で心豊かに日々を過ごしたい人に役立つことを・・・

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kanfuboy7

Author:kanfuboy7
フェルデンクライス・プラクティショナー

夢は猫や虎のようにしなやかに自由自在に動く爺になる事です(笑) 現在、夢に向かってばく進中?

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