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音叉&タイ古式セラピー
今日は音叉とタイ古式セラピーをパピヨネさんのところで体験してきました~♪

シンギングリン、クリスタルボールと同様、波動や周波数のチューニングに効果のありそうな音叉は是非体験してみたいものの一つでしたが、こんなに種類があるとは思いもしませんでした(笑)

タイ式マッサージは興味はありましたが、なかなか受ける機会がありませんでした。

それが二つも同時に受けられるとは・・・なんとラッキーな(笑) さらにツイていたのは、一応女性限定ですが、私も彼女もRAURAさんのクリスタルボールの生徒であり、RAURAさんのご紹介もあって、一応、信頼していただけたのと、一度、フェルデンクライスの教室にも体験に来てくださっていたので、お互い顔は知っておりました。それに、何度か、クリスタルボールの演奏会でもお会いしておりました。

本当はもっと早く受けるつもりでしたが、あまりに暑かったので、涼しくなったらと考えておりました。季節も丁度好い頃になってきたので、何か新しい体験をしたいという衝動が芽生えて(笑)

さて、音叉は様々な種類を体験しましたが、周波数が違うと明らかに感覚が変わります。特に、直に筋肉や骨、ツボに当てて響かせると、かなりのインパクトがあります。重みのある音叉は特に振動が内部に伝わるので、気持ち良かったです。

タイ古式セラピーは2時間バッチリやっていただき、久々に自分の身体を長時間感じる時間を持てました。

男の割りには筋肉が柔らかいとお褒めの言葉を頂きましたが、これは望外の喜びです。今までのブログを読んでくださった方はご存じですが、私の代名詞、死人のような硬さの反対ですから(笑)

硬いという自己イメージをボチボチもっと徹底的に払拭するべき時期に来ているんだなぁと実感しました。もちろん、部分的には異常に硬いところが何ヶ所も残っているのも事実ですが、もっと柔らかいところにフォーカスしてマインドを変えるべきだということです。

このマッサージは伝統があるらしく、受けてみて、上手く作られているなぁと感心しました。手順や手技が見事です。特に、脚を念入りにやってくれるので、とても良いと思います。いきなり肩凝りを解そうとするより余程効果的でしょう。

興味のある方は受けてみるといいでしょう。音叉のみならず、他のものとの組み合わせも自由です。身体を解されての音叉は振動がよく伝わりました。

そうそう、大きなかわいい猫ちゃんがお出迎えしてくれます。猫好きにはたまらないですよ(#^.^#)

【2011/09/29 20:22】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(2)
疑問に応える 20 未来それは遊び心・・・その8 リコネクション
フェルデンクライス・メソッドを仕事にしているのにリコネクションもやるとは・・・というご意見や、当然その逆もあるかと思います。

私は自分のブログでは努めて自分の言葉で語ることにしております。もちろん、、優れた方々の言葉や話は引用はさせていただきますが、自分の言葉で語れないものは読み返して寂しいものです。

この自分の言葉で語るのがとても難しいのがリコネクションでもあります。ですので、何故、仕事としてやっているのかを超個人的理由からお話しておきましょう。私がリコネクションをやっている理由を公に語ったことはありませんので、ほとんどの方は知らないはずですから、そんな考え方もあるのか程度で聞いていただけたらと思います。

私にとってリコネクションの説明は信じるという信仰のレベルに留まっていますので、自分の言葉で筋を通して語ることは現段階の自分の実力では到底不可能です。

ですが、実際にやってみると、私以上に何らかの体験をする方が続出するという摩訶不思議のオンパレードとなります。

フェルデンクライス・メソッドの場合、メソッドの特性と自己の限界により、お引き受けするかどうかを事前によく考えざるを得ません。出来ない、出来そうもない事はご期待に応えられませんから、別の方法や別の人をご紹介するか、お断りせざるを得ないのです。あくまでも私がやるのですから当然です。

リコネクションの場合、逆にお断りする必然性は見つかりません。やってみましょうか?となります。効果のほどは?私は保証できませんが何か良い変化があるかもしれませんよ!となります。それで、よろしければ承ります!となります。

私は媒介者、繋ぐ者であって何が起きるかは、当事者と周波数?との関係です。私に要求される事はできる限り、自分の想いを消して無色透明でいることです。我を捨てるという非常に困難な作業を要求されるわけです。もっとも、完璧に捨てないと効果がないなら、私には到底不可能ですが、そこまでいかなくても効果があるから、ありがたく仕事をさせていただけるわけですが(笑)

この辺のフェルデンクライス・メソッドとの落差が私には興味深いのです。多くの方がご存じのようにモーシェは天才であり、私も彼のような思考様式を徹底的に学びたいと思っております。プラクティショナーなら誰もが大なり小なり思うことでしょう。

プチ・モーシェと化すだけでもとんでもない能力です。私も生涯追求し続けますが、一方で時代の変遷を眺めたとき、明らかに現段階の私ではまったく理解不能なメカニズムで現象が起きるということも体験しているわけです。

リコネクションの場合、確かに私は何もしません。何もしないのに何故、クライアントには何らかの(満足のいく、あるいは予想だにしないような)変化が頻繁に起きるのか・・・

因果関係から考えれば、確かに私(自己認識できる範囲)では何もしていないと実感していても、脳(神経システム)の未だ未知の領域が使われていて、それを現段階の自分では認識出来ないと考えるのが妥当でしょう。

リコネクション流にいえば、私がクライアントに周波数を媒介しているといえるわけです。つまり、私も恩恵を被っているわけですね。自覚がないだけで。

クライアントが劇的であれ、緩やかであれ、良い方向への変化を実感し、仮にそれが事実だとすれば、大きな力が働いたわけですから、私にも何らかの大きな力が通り過ぎていったと考えるのが妥当です。

何らかの力が作用すれば神経系に影響は出ますから、フェルデンクライス・メソッドとは違った形で神経システムの発達を促されているかもしれません。

というわけで、神経システムの発達に興味のある私としては格好の実験なわけです(笑)

錯覚や偶然だったらどうするんだ?というご意見もあるでしょう。

錯覚や偶然で改善されるならそれもいいじゃありませんか。未来、それは遊び心・・・というわけです(笑)
【2011/09/27 17:35】 | リコネクション | トラックバック(0) | コメント(0)
疑問に応える 19 未来それは遊び心・・・その7 若い方へ
台風15号が日本列島を縦断していきます。皆さんのお住まいは大丈夫ですか。

今年は世界的に見ても大荒れですね。異常気象と叫ばれて久しいですが、今年は一段と激しいようです。まるで、異常が通常であるかのような体ですが、例えば太陽の活動も活動期に入っていると言われていますから、その影響を受けるのは必至でしょうし、地球自体(例えば火山活動)なども活動期らしいので、それらが重なれば様々な事(天変地異など)が起きるのもこれまた必然でしょう。

そして人口増加による人間活動の類を見ない活発さ。考えてみれば、全てが活動的なのですから、静かなわけがないのです(笑)

昔は天変地異や異常気象による日常生活の破壊は、理由が分かりませんから、神や悪魔のせいと思う事で心を安定させようとしてきましたが、今時、こんな考え方をする人は未開の方々くらいのものでしょう。もちろん、個人の信仰心を私は否定はしませんので、文化度の高い国々の人の中に密かに?信じている方がいても不思議とは思いませんが。

考えてみれば、昔は科学の未発達ゆえに、不可思議に思われていた事も、今は随分と解明されてきております。携帯電話なんて、私の子供の頃はテレビの中のSFの世界の出来事であり、若い頃も誰もが当たり前のように使い、自分でも持つなんて夢にも思いませんでした。

これは、科学の発達に伴って技術も発達したからですね。江戸時代の頃のような寺子屋教育では到底出来るシロモノではありません。各時代の文化遺産を教育という形で受け継ぐシステムを持ったからこそ可能となったわけです。つまり、ある優れた人間だけが出来るものは技能ですが、誰しもが出来るのであればそれは技術ということになります。

今は、スタバやドトール、マックですら美味しいコーヒーを飲めますが、かつては喫茶店で楽しんだように。もちろん、店主の個性がその味には色濃く反映されますかから、どの店も同じというわけにはいきません。つまり、店主の技能差があります。スタバやマックは誰がやっても機械(技術)がやってくれますから、同じ味です。

個性、面白みは薄れますが、美味しさの平均値は格段に上がります。技能は簡単には受け継げませんが、技術化されれば誰しもが可能になるわけです。

我々もそうして、教育されてきましたし、今も若い方はそう教育されているのかもしれません。例えば我々の時代は金太郎飴のような人間ばかり作るあり方が優先でした。当時の時代というものが与えられた仕事をそつなくこなし、会社に忠誠を誓って将来に亘っておとなしく人生を全うするようなタイプを求めたのでしょう。要は高学歴で良いところに就職できればそれで一生安泰というパラダイムが支配していたのです。

しかし、今の若い人には嘘のような話ですね。つまり、まさにパラダイムで、今はどうやって生きていくか?が個々人に厳しく問われている時代です。今時、高学歴で良いところに就職できれば一生涯安泰なんて信じるバカ者はいないでしょう。まさに、パラダイムですね。

金太郎飴のようなやり方で作られた人間は当時は適していても、今の時代、これからの時代は役立たずというより、絶滅の道というより他はないでしょう。どうすれば、サバイブできるのか?まさに、モーシェが言っているような事が他人事ではなく自分の事として誰もが考えなければならない時代(パラダイム)です。

そこで、私は未来の若人に対して、太母さんという稀有なる方とお会いし、体験し、僅かながら知っている事をブログに書きました。今の私では、事実レベルでのご紹介が私の能力の限界です。

志ある、大志ある、若い方が太母さんをはじめ、他の優れた方々を研究し、どうすれば、これら優れた方々を一個人の特殊技能に留めずに、彼らの能力を一般化できるのか?つまり、技能から技術へ、さらには教育へと受け継げるかの題材にしていただけたらと思います。

混沌としたこれからの時代を生き抜く、さらには切り開くには、高いレベルの能力が必要ですが、技能の段階に留まっている限り、身につけられる人間はごく僅かですし、達人レベルのモノは身につけることすら大難事です。これからの時代は一個人の英雄が出てもダメでしょう。もう一度、太母さんほどではなくても、達人が生まれ得る土壌としての環境を整えることで、平均的に高い人々が出現するでしょう。そこから、また一段と高い方々が出現し・・・太母さんも15代かかったのですから、ほっておいても出る可能性はゼロに近いわけで、どうやって人間の質を高めていくのかが大問題です。

だからこそ、教育は国家百年の計なわけですし、太母さん規模では数百年単位となります。

もちろん、個人に任せればいいじゃないか!と思う方もいるでしょう。でも、好き勝手にして携帯電話が生まれたでしょうか?過去の文化遺産を教育という形で受け継いだ基盤の上に創造性が花開くのです。もしも、好き勝手な自由が大事なら、何故教育する、育てる必要があるんですか?ほっとけばいいでしょう。そうすれば一番見事な人間になるはずですから(笑)

自由とは自分勝手な好き勝手とは違うのです。自由であるとは目には見えない法則に則って思考し、意志し、行動することで、その法則を知らない人間からはまるで自由自在な人間に見えるのです。

蜘蛛は自分の巣では糸に絡まりません。粘る横糸さえ踏まなければいいからです。自由が欲しく好き勝手にもがく他の虫たちはさらに絡まるでしょう。いとも軽やかに前後左右に動き回る蜘蛛は決して横糸は踏まないわけです。

太母さんも我々には分からない法則(まるで奇跡のような)を智慧で知っておりました。それに則って生きているからこそ、奇跡(本人にとっては法則ですから当たり前)が起きるのです。

これからの時代は今までの常識が通用しなくなるのは誰しもが感じているはずです。では、どうすれば・・・ここで誰しもが次ぎのパラダイムを見通せません。

ですから、優れた方々はどう生きてきたのかという過去から学び、未来へ役立て頂きたいと願いを込めつつ、太母さんシリーズは今回で終わりです。もっと知りたい方は、検索してみたら何冊かの本が出ているようです。太母さんご自身の文章で読んでみれば、人となりが私のような稚拙な表現と違い生き生きと分かります。私も何冊もあったはずですが、何故か一冊も手元にありません。きっと、私の手元にあるより、他の方の手元にあるほうが役立つからなのでしょう(笑)
【2011/09/21 17:36】 | 上達 | トラックバック(0) | コメント(0)
疑問に応える 18 未来それは遊び心・・・その6 達人の世界
太母さんは究極のポジティブシンキング?でしたが、根拠のない楽観論ではありませんでした。

我々と出かけたとき、ふとこちらを振り向いて、『あんたらはあっちから行きなさい。危ないから!』と言うんです。我々はポカンとしていると、『わしは見切っとるが、あんたらには無理だから、歩道橋を回っておいで』と言うと、振り向きざまに、片側三車線ある道をサーッと横切っちゃうんです。それも一直線に止まらずに!!!

我々はアッという間の出来事で右往左往、車がビュンビュンと走っていて我々には到底無理なので、信号機や歩道橋を探して走り回り追いつくのに大変です。太母さんが、早歩きを始めると我々でも追いつくのが至難になります。まるで、宙を飛ぶかの如くスーッと行ってしまうのです。

太母さんは、だからポックリは便利なんだと言ってました。前に少し倒れれば、勝手に足が出るようになっているからと言ってましたが、20代の我々が走って追いつくのも困難なほどスピードが出て息一つ切らさないのですから(^_^;) 当時70歳過ぎているんですよ(苦笑)

ですから、道を歩いているといろいろな面白い事に出くわすそうです。当時、江ノ島には暴走族が頻繁に出没していたのですが、夜歩いていたら、ナンパされたそうです。後ろから『ねぇ~、彼女、お茶しない~♪』と声をかけられ、『あ~い、あたし~♡』と振り向きざまに言ったら、『ゲッ、ババァじゃねーか!!!』と慌てて逃げ言ったと笑いながら言ってました。夜道で後ろ姿を見たら、とても70代には見えないわけです。

あるときは今で言うある種のストーカー(笑)にあったそうです。誰かがずーっと付いてきている感じがしたので、『あたしに何かご用?』と振り返ったら、その人がギョッとして驚いた顔をしていたそうです。彼は柔道家だったそうですが、あまりに見事な姿勢と歩く姿にさぞや名のある武道家に違いないと思い、隙あらば飛びかかってみようと思っていたら、隙が見つからず、ずーっと付いてきてしまい、このままではと思い、ここで声をかけようと思った刹那、パッと振り返ったので息を飲んでしまったそうです。

そのあまりの絶妙のタイミングと隙のなさに、何かの武道の達人に違いないと彼は言い張り、教えてくれとしつこく言うので、『わしに隙がないのは隙だらけで、隙しかないから、どの隙にすればいいか、あんた迷ったんじゃろ!』と言ったら、何もしていない人があんなに隙がないのは有り得んとブツブツ言いながら引き返していったそうです。

最後に合気道の開祖植芝盛平翁との出会いをご紹介しまししょう。

鉄砲の弾を避けたとか、凄まじい逸話の幾つかは、このリンク先にも紹介されていますが、太母さんが植芝翁と初めてお会いしたのは、牛込に道場を開いた時のことです。変わった事をする人がいるから観に行こうと道場に連れられて行ったそうですが、その時、演武会だったらしく、弟子達がポンポンと投げ捨てられているのを見て、『世の中、変わったことをする人がいるもんじゃのう』と人混みの隙間から興味深く眺めていると、ちょうど、盛平翁と眼があったそうです。

盛平翁は演武中にも関わらず、サーッと太母さんの元へ来て手を取り、『お待ちしておりました!さっ、こちらへ!』と別室へ連れて行こうとしたそうです。太母さんは、何で自分を別室へ連れて行くのか分からなかったそうですが、演武中なので、いいのかな?と思っていると、盛平翁はふいに思いだしたように『あとはおまえ達で適当にやっとけ!』と言って、『さっ、こちらへ!』と言い、どんどん太母さんを引っ張っていってしまいました。

部屋に入ると盛平翁は『お待ちいたしておりました。あなたは天照大神様ですね。私が手力雄神として天の岩戸からあなた様をお出しいたします!!!』と開口一番仰ったそうです。

盛平翁は夢中になると周りを忘れて、サーッと動いてしまうので、演武会もそうだし、皆困っていたのうとニコニコしながら太母さんは楽しそうに仰っていました。

太母さんはまだ若く仏教徒で、神道の事は知らなかったので、何の事を言っているのか当時は全然分からなかったそうですが、その時、こう答えたそうです。

『そりゃおかしい!!!仮にも天を照らすほどの岩戸がこの世にあるわけがない。そうではなく、あんたらが、岩屋に籠もって暗いと嘆いておるんじゃろう!』

盛平翁はポカ~ンとして、これほどの方とは!!!と感嘆しきりで、『これからは爺が建速須佐之男命として露払いをいたしまする!!!』と仰りそれからお互い行き来をされるようになったそうです。

盛平翁は太母さんが道場に遊びに行くと、サッーと出迎え、ポックリを嬉しそうに揃えるのでお弟子さん達も怪訝にしている方が結構いたそうです。当時は太母さんは若かったですし。

他にも、中国大陸で名を馳せた馬賊の方の話とか、幾つか聞いたのですが、忘れてしまいました(^_^;) 

こういう話は小説などの世界の出来事かと思っておりましたが、いやはや実際にあるんですねぇ(^_^;) 類は友を呼ぶ!というのはまさにその通りで、確かに太母さんの周りには凄い方々がキラ星の如く集まってきてました・・・
【2011/09/15 17:11】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
疑問に応える 17 未来それは遊び心・・・その5 仏眼
今回は正力松太郎氏と久原房之助氏の話をしましょう。

正力松太郎氏は太母さんと同郷の富山県大門町出身ですから、若い頃、ひょっとすると幼少の頃から知り合いだったのでしょう。

彼は太母さんが世の中に打って出る時は、世界中の半分の人間は仏眼宗の信徒にしてみせると豪語したそうです。
それを聞いた太母さんは即座に『わしは信徒はいらん。信徒を作れば、信徒にならん者と争いが起きて、必ず殉教者が出る。わしの側からは誰一人殉教者は出すつもりはない!』と断ったそうです。

さらに続けて『人間は不思議じゃのう。だんだん偉くなると、でかいモノを建てたがる。大地に蓋をして地球を窒息させるような大伽藍を建てて地球を苦しめておるのに救いとは。もっと不思議なのは、着るものが煌びやかに光りだし、名前まで変わっていく。中身が変わるわけでもなし。わしは、生まれたときから、この名前、この格好じゃ!わっはは!』

あの正力氏も・・・だったでしょう(笑) 上下の分け隔て無く、一事が万事太母さん誰に対してもはこんな調子でした。だから、みんな慕っていたんですね。

まぁ、太母さんは煌びやかにしなくても、大伽藍を建てなくても会った人はすぐに凄さに驚き、子供のような無邪気さにたちまち魅了されてしまいますからいいですけど、中身が無くて威張りたい人は(笑)

太母さんの若い頃の写真を見たら、ビックリです。まるで、観音さまですから(^_^;) 普通の人間の顔の作りじゃないんですね。細面で耳も観音菩薩像にあるような細長い耳をしていて。私も実際に見ましたが、手のひらには豊臣秀吉にあったという天下取りの運命線が中指の付け根どころか、指先から手首の付け根まで伸びているんですよ(゚д゚)!
『戦争中自給自足していたら、細くて華奢だったのに、骨がこんなに太くなってしもうた。で、歳とってさらにシワも出てこんなになってしもうた。わっはは!』と豪快に笑っていました。

ですから、若いときは歩いているだけで、信心深いお年寄りは生き神さま!と道端で土下座して拝んでいたそうです。まぁ、不信心な私でも驚きで目は釘付けになるでしょうから、気持ちはわかります(笑)

さらに、太母さんの側にいたり、歌やお経を聞くと、病気が治っちゃうんです。だから、みんなありがたがって治してくださいと会いたがるわけです。でも、太母さんは『わしは病気治しにこの地上に来たのではない!地球に呼ばれて来た!』とキッパリと断って引っ込んじゃうんですよ。

太母さんはハッキリ言ってました。『病気は治せても病人は治せん。治ったところで、また昔のような生活を続け、ろくでもないことばかりしよる。わしが、なんぼ言うても、地球のことをこれっぽっちも考えん!だから、わしは川上にいる人間だけに会うことにした。川上が綺麗になれば川全体が綺麗になるのも早いからのう!』

これは少し説明がいるでしょう。特に若い方には。

正力氏が太母さんのところへ出入りしている頃は戦後間もない頃で、日本中で食うや食わずの生活が当たり前、地球どころか明日はどうする?という時代だったのです。苦しいので救ってほしい!!!救ってもらえば、後はできるだけ楽して暮らしたい。できれば贅沢もしてみたい。これが当たり前の時代でした。太母さんの考えは今になってみればよく分かりますが、当時はまったく現実味のない絵空事にしか聞こえなかったんです。ですから、救ってもらえさえすれば、ハイハイと良い返事だけして、話なんて聞いてないわけです。

そこで、太母さんは川上(政官財の実力者)のみと会うことにして、川下(一般人)には潜在意識に『目覚めよ!』と働きかけることにしたのでした。

私が偶然会えたのは、何十年か経ったら、川下にも私の話が分かる人間がポツポツ出てきたみたいなので、会ってみてもいいかと思った頃だったのです。

私が行った時、古くからいらしていた、かなり年配の方がいらっしゃいました。我々が『太母さ~ん!!!』と呼ぶと苦々しそうな顔をして、『太母さんと馴れ馴れしく呼ぶな!太母様とお呼びしろ!』とお叱りを受けました。太母さんはまったく気にもせず嬉しそうに話をしてくれるのですが、信仰心のようなものを持っている方には許せない態度だったのでしょう。

話の内実よりも形式に捕らわれてしまうのは仕方ないことでもあります。だから、太母さんは一般人には門を閉じていたんですね。太母さんの教えを生きるより、太母さんを信仰の対象として崇めてしまうから。

正力氏も貧しい日本をなんとしても豊にしたいという願いから原子力の導入を積極的に進めました。
太母さんは、原子力は今の人類には扱えないから、止めなさいと何度も止めたそうですが、彼は日本の未来はこれだ!と頑として譲らず・・・その結果は、今、皆さんがご覧の通りです。太母さんにはこうなることが仏眼で観えていたのでしょう。これを機に正力氏は太母さんと袂を分かったようです。

さて、もう一人の久原房之助氏は昭和の怪物との異名を取った方ですね。当然、私もよく知りません(^_^;) 太母さんのところで初めて名前を聞きました。調べてみると凄い人ですね(^_^;)

この方も太母さんが大好きで、太母さんのところへちょくちょくいらしていたそうですが、川上戦略?と太母さんから聞いて、これからの時代、一番影響力を持つのは人口の多さから考えても中国だと考え、まだ日中国交回復する遙か以前から、太母さんの『舟を岸に繋げなさい』を携えて毛沢東に会うべく日参したそうです。

で、漸く会うことが出来て、『舟を岸に繋げなさい』を渡すと、毛沢東は共産主義よりも素晴らしい教えが既に古来より有ったとは!と感嘆し、すぐにお経100万巻を作らせ、中国の各地のお寺に納めさせたそうです。この費用が当時のお金で3億とか。毛沢東はポンと出したそうです。

私もこのお経を見ましたが、パピルスに縁を金で装飾し、サンスクリットで書かれた物です。

私は若い頃、バリバリの左翼闘士だった方に毛沢東は仏教にも興味を持ったんですか?とさり気なく話を振ってみたら、彼は、『そうなんだよ。不思議なんだよね。何で、共産主義で理想国家に燃えていたのに、今更仏教なんて言い出すのか。みんなで気が狂ったと言ってたんだが、未だに理由が分からないんだよ!』と言ってましたので、やはり本当でしょう。

政治の裏面史の話は太母さんから幾つか伺いました。つい最近、話題になった沖縄返還の密約も若泉氏敬氏の手紙を拝見(達筆で私には読めず、太母さんが読んでくださいました)して話には聞いてはいましたが、まさか、表に出ると思いもしませんでした。

たくさんの方々の手紙を段ボール箱に入れるほど持っていましたので、きっとまだまだたくさんの裏面史があるのでしょう。私が遊びに行っている頃にも今度、田中角栄氏が来るんじゃと嬉しそうに仰ってました。彼が変わると日本の変化も格段に早くなると喜んでおられ、私もミーハーでその時は遊びにきてもいいですか~♪と訊いたら、是非、来い!と仰ってくださったのですが、その後、すぐに彼が倒れられて・・・とても残念がっていたのが偲ばれます。
【2011/09/08 17:55】 | 上達 | トラックバック(0) | コメント(0)
疑問に応える 16 未来それは遊び心・・・その4 明から明へ!
前回の記事を読んで、取り憑かれないのか?と心配になった方もいますか。

今でも私も友人達も生きていますから、問題ありません。これが事実です(笑)

まぁ、太母さんに聞いたところで、『わしゃ、霊とか悪魔とかそんなものは見たこともない!』とキッパリですから(苦笑)

ですが、私も見た!聞いた!感じた!という人が続出していたのは知っていますから、ご息女の静流さんに聞いたことがあるんですよ。そしたら、爆笑しながら、『太母さんの半径200メートルくらいは光が強くて、霊なんて側に寄れないのよ!太母さんが出かけちゃうと大変よ。どこかに隠れていた霊達が戻ってきて取り憑くんだから(笑) 最初の頃は、たくさんの霊にのし掛かられたり、抱きつかれたり、しがみつかれたりで辛くて大変だったけど、そんなこと気にしてたら生きていけないでしょ!だから、蹴飛ばしながら生きてきたのよ(爆)』

ちょっと話を変えて、太母さんの若かりし頃は女人禁制の山が幾つもあったんですね。富山県の立山や称名の滝にどうしても行きたくて、こっそり出かけちゃうんです。お金もほとんど持たず、知識もなくただ惹かれて立山を目指して登るわけですが、途中で夜になってしまい、身の丈くらいの窪んだところに履いていたポックリをお尻の下に置いて座って一晩明かしたそうです。こうすると、冷気の影響を直接受けず、風も窪みで遮られるのでさほど寒くないそうです。

明け方になり、登山の一団が降りてきたので、こんにちは!と挨拶したら、一瞬、カッと目を見開いて、ギャーっと悲鳴を上げながら我先に山を駆け下りていたったとか(笑)

太母さんは『大の男がギャーと悲鳴を上げて逃げるなんて、だらしないのぉ~!』と笑いながら言っていましたが、我々一同、『そりゃー、当時の女人禁制の山にいるわけのない若い女性が白い着物を着てポックリ履いて立っていたら悲鳴を上げますよ!!!』というと、太母さん曰く、『だから、わしゃ、ちゃんと挨拶したのに!』・・・我々は苦笑しか・・・きっと山の怪談の発祥の一つは太母さんだなと笑いました。

これを読んで皆さんも当然だろう!怖いに決まってるじゃないか!と思いますか。
事実は太母さんは人間でしょう。危害も加えなければ挨拶すらしている。なのに、大の男が逃げ惑う・・・変ですよね。

太母さんのお祖父さまは、当時、今蓮如と言われるくらいの徳のあった方で、生まれてきた太母さんを一目見て、この子は私が育てるといってご自分の手元に置いて育てたそうです。

ありのままに物事を見続けることができるように、仏眼(ぶつげん)が曇らないように育ててきたそうです。つまり、最初から、生まれてきたときから、既にこの子は悟りを開いているので、それが曇らないように、汚れないように育てたということです。これが、サブタイトルの『明(めい)から明へ!』です。

人間、生まれて死ぬまでは、紆余曲折を辿りながらも一般的には次ぎの4つの経路のどれかを辿ります。

『暗から暗へ!』 『暗から明へ!』 『明から暗へ!』 『明から明へ!』

この中で通常我々が辿るのは最初の2つのどれかです。悟りを開くというのは、典型的に『暗から明へ!』でしょう。悟りまで行かなくても、少しでも向上して死ねればこの道ですね。

後の二つは、あまり考える必要はないでしょう。『明』で生まれることはまずありませんから。ただ、この『明』を拡大解釈して、優れた資質、才能と捉えれば、逆に非常に大事でして、前々回、話した3つ子の魂百まで、孟母三遷の教えの重要性がわかります。

だからこそ、『明』で生まれてきた太母さんをお祖父さまは、一目で見抜き、手元で育てたわけです。

ここで、こういう疑問を持った方はいらっしゃいますか?
『暗から明へ!』というのはわからない気もしないでもないが、『明から明へ!』は初めの『明』と後の『明』は違うのだろうか?と。

これは『明から暗へ!』と対比して考えると分かり易いでしょう。つまりせっかく『明』に生まれてきても『暗』に落ちることもあるということです。では『暗』とは何でしょう。これは無明ですね。

『暗から明へ!』至った人は素晴らしいですが、どこかに陰がある。その陰があったからこそ、『明』へと至ったわけですが、『陰』の記憶のようなものがあるわけですね。

『明から明へ!』にはその陰が最初からありません。つまり、無明なんて本当はないわけです。だから、光一辺倒なんです。最初の『明』は、『明』しか存在していないわけですから、全てを『明』と観るわけです。ですが、周囲の人間は無明に取り巻かれている。その経験を通じて無明という実在しないものに人間は取り込まれていて、自分は『明』しか観えていないのかと気づいたのが、後の『明』です。

ここでこれ以上宗教的な話をしてもしょうがないし、私にそんな実力はありません。これを自分のレベルに思いっきり引き下げて、考えてみます。山での話を思い出してください。太母さんは挨拶しているのに、男達はありもしない幻想(無明)に怯えているでしょう。我々はその話を聞いてそれは当然(無明)ですと太母さんに反論してますね。太母さんはだからこそ、挨拶(人間である事実)で答えたと言っています。それでも、我々はそうは言ったって・・・と(無明)を手放せません。

つまり、これほどまでに思い込み(無明)は根深いものなのです。そして、自分がその無明に取り込まれていることすら気づきません。

さて、宗教的な世界の話は私の手に余るので、事実レベルの話です。そんな育ち方をした太母さんは、無明の我々には想像(無明)を絶する行動を平然と取ります(笑)

外国に行くと、その土地で一番治安の悪い所へ一人でサッサと行っちゃうんですよ(^_^;) 警察ですら恐れて行かない所でも。当然、静流さんはじめ、周囲の人達も危ないので行かせない(日本語しかわかりませんし)ようにするのですが、目を離した隙に行っちゃうんですね。

太母さん曰く、『私には怖れが無いから、心配いらないが、あんたらは怖れを持っているから来ちゃいかん!獣は怯えているものは襲いたくなる。だから、あんたらは絶対来るな!!!』

で、太母さんはスラムのど真ん中に一人で悠然と歩いて行くんですね。白い着物にポックリを履いて・・・

当然、外国人はそんな姿どころか、当時は日本人すら珍しいわけです。縄張りに得体の知れないモノが入って来るわけですから、最初は用心して遠巻きにしていますが、ジリジリと近づいてきます。

そうすると、太母さんは微笑みながら一人一人ジッと見つめるんです。一人一人が我が子のように愛おしく感じると言ってました。そして、一人一人を見つめながら歌を歌い出す(当然日本語)んです。そうすると、はじめは警戒して殺気だっていた彼らが静かに聞き出し、中には涙を流し出す人も出始める。そして、一人ずつハグしていく。そうやって、帰りには街の外れまで彼らの一団が太母さんに付いてくるわけです。そして、街の外れで静流さん達がまたか・・・と待っていると(笑)

無明から本当に解放されれば、出来るんでしょうが、到底真似出来ることではありませんし、そんな事をしたら文字通り自殺行為です(^_^;) 愛さえあれば・・・なんて、くれぐれも無茶な事はしないでくださいね。悟りを開いたと自称している方でもまずは不可能ですから、試さない(させない)ように(笑)

ちなみに、太母さんのご先祖さま(15代くらい前の)が啓示を受けたそうです。我が子孫からこの世を救う者が出ると。だから、それに備え、血を清めよ!と。それを代々それなりに守ってきたそうですから、凄い一族ですね(^_^;)

で、その結果でもあるんですね。つまり、因果がしっかりとあるわけですから、我々の学ぶべきは今から転善業を歩めばよいわけです(笑) 我々の子孫からも『明から明へ!』が出るかもしれませんよ(^_-)
【2011/09/01 17:50】 | 上達 | トラックバック(0) | コメント(0)
いざ!自由へ フェルデンクライス・メソッド


フェルデンクライスを柱に、スポーツや武道、ダンス・バレエ、音楽・芸術などの表現を上達させたい人へ、そして、健康的で心豊かに日々を過ごしたい人に役立つことを・・・

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kanfuboy7

Author:kanfuboy7
フェルデンクライス・プラクティショナー

夢は猫や虎のようにしなやかに自由自在に動く爺になる事です(笑) 現在、夢に向かってばく進中?

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