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スーパームーン
今日はスーパームーンだそうですね~♪

素敵な響きなのでタイトルに使っただけですが(笑)

さて、今日、偶然、エイブラハムの教え(引き寄せの法則)で有名なジェリー・ヒックスさんがお亡くなりになっていたのを知りました(2011/11)。私が引き寄せの法則に引き寄せられた時には既に他界されていたのですね。まだ引き寄せの法則の教えに出会ってわずかとはいえ、絶大な影響を受けたわけですから、スーパームーンのこの日に遅ればせながら、感謝を込めて一つ二つ・・・

金を残すは三流、仕事を残すは二流、人を残して一流とす・・・

こういう言い方があるそうですが、この視点から眺めれば、間違いなく、素晴らしい生き方であったでしょう。もちろん、生きている限り、様々な事、側面はあったでしょうが、それは誰でもそうですから、取るに足らないことです。

私は、ネットや数冊の著書以外、ご縁はありませんが、自分自身の物の見方、考え方(特に、思考の嗜好性や志向性)が極めて重要であると気づかせて頂きました。

特に、否定的な見方からのスタートではなく、肯定的な見方からのスタートの重要性であり、それをさらに質的に高めていくプロセスを辿ることの重要性です。

最近、数回、対立物の相互浸透という法則の一つを、幾つか例に挙げながら説いてきました。

人間ですから、このご夫妻もいろいろあったことでしょう。私は、関係性は遠いわけですから、彼らの映像や著書としか相互浸透できません。

ですから、彼らを通じてのエイブラハムの教えを最高のものとして、学ぼうと考えました。

疑念を持ちながらでは、所詮、その低度の相互浸透しかおきません。素晴らしいと考えたら、多少の瑕疵はどうでもいいのです。

自分が相手(本だろうが教えだろうが)から最高のものを受け取る(自らを最高のものに創造する)には、最高のものとして関わる必要があるのです。相互浸透という法則ですから・・・

では狂信と何が違うのか?

狂信とは全てのものを肯定して信じ込んでいくものです。

最高の相互浸透を考えるとは、相手の素晴らしいもの(ところ)を、尊敬と憧憬、畏敬の念を抱き、不当に高く評価し過ぎているのではと思われる程、自分に最高のものとして認識に反映させつづけることです。

ですから、教えが素晴らしいから人間も立派なはずだとか、組織も素晴らしいはずだと目をつぶって、思い込んでいくことではなく、つまり、低レベルものものに目を向けて見なかったことにするのではなく、それにも関わらず、「ここがこんなに素晴らしい!!!」と素晴らしさを見つめ続けることなのです。

これが比較的早く、素晴らしいものを自分のものにできる一つの秘訣でもあります(*^_^*)

お会いしたことはありませんでしたが、ジェリーさんに感謝と哀悼の意を込めて!!!

スーパームーンの素敵な夜に・・・
【2013/06/23 20:57】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
問題を作った同じ意識レベルから問題を解決することはできない­
もう夏でしょうか。梅雨はこれから?(笑)

さて、長いタイトルですが、これはアインシュタインの言葉だそうです。

意味は文字どおりそのままですが・・・

以前に書きましたが、知ったところで識ったことにはならないわけで、幾ら言葉で諳んじてみても、自分の脳(神経系)がそのように働かなければ、使えませんし、それ以前に、そのように働く神経系を創らなければならないわけです。

誰しもが経験する、知っているけど、知っていたけれど・・・というこのフレーズは、言葉や概念を知識として記憶する神経系は発達していますが、使う、使いこなすはやったことがないので、やりたくても出来ない・・・というものですね。

フェルデンクライスでも、当初、誰しもこれを経験しますので、少しこれを例に考えてみましょう。

例えば、痛みがある、硬い、可動域が狭いなど、不快な症状を改善したくて、始める方が多いでしょう。

この時、気持ちはこれらを改善したいと思い、レッスンに取り組むわけですが、もう少しこの気持ちの内実に踏み込んでみると、たいていの人は、その不快な症状や状態を感じながら、その場所に注意を向けながら、動くわけです。それは当然と言えば当然ですね。まさに、そこを良くしたいのですから・・・

この時点で、アインシュタインの言葉は、まったく生かせないということに気づかれたでしょうか。

つまり、痛みであれ、硬いところであれ、可動域の問題であれ、自分がそこを問題だ!としているわけです。問題だと考えている意識(やり方、有り様)のまま、そこを何とかしようとしているわけです。

まさに、問題を作った同じ意識レベルから問題を解決しようとしているわけで、通常、それすら気づいていませんし、仮に気づいたとしても方法論(違う意識)を見つけることはさらに至難でしょう。

もっと、具体的に視てみましょう。

痛みや硬さ、可動域の狭さに注意を向けて動いているということは、その痛みを感じる、硬さを感じる、可動域の狭さを感じ続けているということになります。すなわち、使われている神経系は、「痛いなぁ、硬いなぁ、可動域が狭いなぁ・・・」というものばかりであり、それが改善されて、「気持ちいいなぁ、柔らかいなぁ、可動域が広がったなぁ~♪」という現実が変わっていく、変わったという神経はまったく使われて、あるいは、創られてはいないのです。

気持ちやつぶやきは、「気持ちいいなぁ、柔らかいなぁ、可動域が広がったなぁ~♪」を求めているのに、実際に、発達している神経系は、「まだ、痛い、さらに痛い、ちっとも硬さが取れない、広がらない(T_T)」といった逆向きの努力が為された結果のものばかりです。それも、一生懸命、無自覚に・・・だからこそ、世間一般でよく聞かれる、あのつぶやきがあるわけです。こんなに頑張ったのに・・・

要は気づいていないんですね。無駄どころか、逆向きの努力をしていることに。だからこそ、モーシェが次の人類の段階としては気づきが一番重要だ!と言ったわけです。

正しいことをすることも重要でしょうが、何が正しいかは、それこそ様々な条件によって規定されるのですから、まずその前に気づきの能力が大事です。

これも、アインシュタインの言葉を使って考えてみれば、いとも簡単に理由がわかります。もちろん、解決策はまた別次元の能力を必要としますが。

例えば、自分は正しいと思っているのに身近な人が共感や理解をしてくれない、わかってくれない、何故だ!!!と感じたことのある方もたくさんいらっしゃるでしょう。

自分が正しいと思っているだけでは問題はさして起きませんが、他人との関係性で考える(行動に移す)と思わぬ問題が生じてくるのは誰しも経験済みでしょう。

つまり、正しいと思った(意識した)行動が、他人には正しく伝わらない、正しく行動しようとすると、他人が逆に不快になるなどといったことが起きてきたりします。その時、まさに、アインシュタインの言っている通りの事をしようとします。

何故、この正しさがわかってくれないんだぁぁ!!!!

そうです。まさに、自分が正しいと思っている意識と同じ意識で、相手を何とかしようする、つまり、その意識レベルで問題を解決しようとしているわけです。

自分が正しいと思っているからといって、相手も正しいと思ってくれるわけではないと頭でわかっても、感情レベルでは相手に無意識に同調、さらには強要をしますから、当然、相手はこちらの望む反応と真逆が出てくるわけで。

フェルデンクライスであれ、対人関係であれ、問題そのものに直接関わることはあまり合理的ではありません。引き寄せの法則から考えてもそうでしょう(笑)

まさに、アインシュタインの言うように違う領域、次元からモノを視る必要があるわけです。

フェルデンクライスでは、問題の箇所は取りあえずほっておいて、他の場所の機能を改善するんですね。それが、楽な方向を探すとか、無理はしないというキーワードなわけです。つまり、自分に「不快」を引き寄せている状態から、たとえ僅かでもいいから、「快」を引き寄せる状態(違う意識レベル)にシフトするわけです。

対人間関係でも、自分が正しいと思うことやそれを考える神経系は既に十分にあるのですから、新しい視点(神経系)を創る必要があるわけです。例えば、正しいと思っている事をわかってほしい人には、わかってもらわない努力をするとか(笑)だって、相手はうるさいと思っているわけですから。

その時、対立物の相互浸透ですから、こちらが、相手の素晴らしい部分を探して見続ければいいわけです。そうすれば、結果としてこちらの正しいと思うことが、言葉ではなく実感として浸透します(笑)

自分の良いところを見てもらえると、誰しも嬉しいものです。なんで、こっちが先に良いところを探さなきゃならないのか?相互浸透だからです。つまり、相手の良いところを見る、探す、思いやるというのは、究極のエゴイストなんですよ(笑)
【2013/06/13 18:48】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
『なる!』なのか『なりたい!』なのか・・・
W杯予選突破、よかったですね~♪

さて、たまたま本田選手の『予言の書』なるものをテレビで観ました。小学生の頃の文集です。

その中で、彼は世界一のサッカー選手になりたい!いや、なる!!!んだと書いていました。確実に近づいていってますね。

この『なる!』と『なりたい!』の違いを皆さんはどんな風に考えておられますか?

本田選手ほどのトップアスリートの重圧などは想像もできませんが、我々誰しもが論理的には同じような状況に置かれており、絶えず、どちらかの選択(たいてい無意識)をしているものです。

さて、私の最近のブログの変遷を読んで、色々な事が起きて、随分と変化を重ねているんだなぁと思われる方も多いことでしょう。

ですが、中には別段何か変わっているようには思えないが・・・と思われる方もいると思います。

それは、このブログの何を視ているか!・・・の視点の違いなわけです。言い換えれば、現象を見ているのか、本質を見抜いているのかといってもいいでしょう。

たとえば、確かにいろいろ書き連ねてはいますが、思考の志向性&嗜好性はなんの変化もしておりません。ですから、書く内容(現象)は多彩にはなっていますが、思考様式にはなんの変化もないのです。

ただ、引き寄せの法則とか真我から多大なる影響は受け続けています。

今回はこの辺の事を本田選手の予言の書をヒントに考えてみようと思います。

例えば、引き寄せの『法則』ですから、自覚しようがしまいが、知っていようがいまいが、誰も例外はありません。

当然、私もかなりの部分は自覚していましたし、意図的に使っていましたが、それが宇宙?を貫く本質的な法則だと自得かつ貫徹しきれていませんでした。

このブログでも『引き寄せの法則』という言葉を知る以前に、例えば、類は友を呼ぶ!とか、朱に交われば赤くなる!とかの諺レベルを使って書いた記憶があります。その根底には、『対立物の相互浸透』という概念を知っていたからです。

この『対立物の相互浸透』という法則は、『引き寄せの法則』の過程性を含んだ言葉とも言えますが、引き寄せの法則のお陰で、格段に概念が明瞭に把握し直せたものです。

少し説きますと、対立物とは、世間一般で思われている敵対的な意味は含んでおらず、単に向き合っているというものです。

私とあなた、彼と彼女、私と友人など、人に限らず、動物でも、社会でも、物でも、考えでも、感情でも、感覚でもあらゆる事に通じるものです。法則ですから(笑)

たとえば、私が『真我になる!真我を見る!』と宣言(言わなくても)するか、『真我を見たい!私も体験したい!』と思うかで、『引き寄せの法則』がどう作用するか・・・という実に恐るべき意味と過程性が含まれている!!!となります。

対立物、この場合、私と思考、すなわち真我の求め方で、引き寄せられるものが違ってくる、つまり、私が真我に少しずつ近づく過程(浸透)の有り様が変わってくるのです。

通常、この世界では一足飛びに高みに到達するのは困難ですから、一歩、また一歩と辿る道(過程)をどう考えるかで、決定的に違ってきます。これは、三浦雄一郎氏のヒマラヤ最高齢登頂を見てもわかるでしょう。登りたければ、いきなり登っては駄目なのは誰もがわかります。ここには『否定の否定』という法則が働いています。わかりやすく言えば、急がば回れ!です。

では、『なりたい!』を『なる!』と単に言い換えればいいという単純な問題でしょうか?

そうとも言えるし、そうとは言えないが答えとなります。

成れる人は『なる!』ですし、成れない人は『なりたい!』と、たいていは思っているものです。ですから、当然、『引き寄せの法則』が働いて夢が実現することとなります。

『なる!』と決めた人は多くの人が成っていきますし、『なりたい!』と決めた人は、ほとんどの人が『なりたい!』(つまり、いつまでも未完という状態)が実現し続けることが叶っているわけで(笑)

両者とも夢は実現しているわけですが、後者はまさか、自分の願望(引き寄せ)のオーダーがそうなっているとは夢にも思っていないわけですね(爆)

だからこそ、引き寄せの法則では、行動に移す前によく考えろ!と言うわけですし、オーダーの仕方に注意を払え!と説くわけです。

私のブログの変遷を見て、引き寄せの法則に飽きて、興味は真我に移ったと並列に並べて、見えた方もいらっしゃるでしょう。どのように、読んでくださっても、私としては一向に構わないのですが、ご自分とブログをどう浸透させるか(『対立物の相互浸透』)、つまり、何を引き寄せる(られるか)で、残念ながら得る(得れるモノ)も決定的に違ってしまいます。

個人的には皆さんの自由とわかりつつも、心情としては、皆さんの能力アップに少しでもお役に立てればとつい余計なお世話が働いてしまいます(^_^;) ここにも『対立物の相互浸透』が働いています。ですが、皆さんのお陰でまさに『真我』に出会えた?わけですから、利他主義者は究極のエゴイストかもしれませんね(笑) 二方向の指差しで実感してからは、当然だと思いますが、一体感(というより、そもそも自他の区別がそこではありませんから一体です)を感じるので、そんな気すら起きません。

さて、もう少し構造に分け入ってみると、『なる!』と思いたくても、思えないという強烈な、あるいは隠微な感情&感覚が生じることに多くの方が気づいておられるでしょう。だからこそ、『なる!』とは思えなくても『なりたい!』とは思えるのだからいいじゃないか!!!と・・・

私も人情としては痛いほどわかります!!!が・・・・・しかし・・・・相手は『法則』ですから、皆さんの心情を察しはしないのです。皆さんの波動には反応しますが(笑) つまり、『なりたいなぁ。なれそうもないけど・・・』という気分、感情が醸し出す波動にです。ですから、オーダーどおりの夢が叶うわけです。『思ったけど~~~~~~~~無理だった!!!!!』 ちゃんと夢が叶っているでしょう。要するに誰もが自分の思い通りに生きているんです。誰のせいでもないんです。自己責任なんです。

だからこそ、逆に言えば、ここに希望があるでしょう。自分を変えさえすれば、人生は自分の思い通りになるわけですから。人のせいなら、変えようもない人生かもしれませんが、自分さえ変えればいいのだから。

自分も夢半ばですが、振り返ってみれば、自分の考えた(オーダー)通りの人生を歩んでいます。

そして、『引き寄せの法則』との出会い、『真我』との邂逅、すべてが、自分の思った通り、それどころか、若かりし頃からの様々な出会い(人、教え、場所や現象など)もすべて自分の思った(波動)の通りです。

最後に、本田選手が予言の書を書いてくれからこそ、今回のブログを書けたわけですが、自分の人生を振り返ってみて、ターニングポイントになったところ、つまり、オーダーの仕方が変わったところ(時期、時点)がありました。もちろん、無自覚でしたが。それだからこそ『真我』と邂逅できたことに気づきました。

それは、『なりたい!』から『なる!』へ、やはりオーダーの仕方が変わったのです。

私の当時の心情を吐露すれば、『もう、凄い人や凄い教えに出会うのはどうでもいい!!!』それより、『自分がこれなんだ!!!と心底実感できる体験をして、たとえ、高みに到達できなくても、悔いなく、納得して死ねる人生にする!!!』でした・・・
【2013/06/05 16:40】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
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