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場が変わると・・・
相変わらず暑い日が続きますが、今日は幾分涼しく?感じますね(笑)
今日はほんの少し気温も低いようですし、身体も暑さに慣れてきたということもあるでしょう。

さて、前回はRAURAさんのパリでの生活にエールを送りつつ、さらに若者に向けての志、願わくば大志を抱いて場を変えることの重要性の意義をほんの少しだけ説きました。

とはいえ、ブログですから、あまりに駆け足で、意義というより、私の個人的な考え方と受け取られる方も多いかと思います。もちろん、私が考えて書いているのですから、私の考え方には違いないのですが、場を変える事の重要性の意味とそれを実践することの意義を論理的に捉え返しての内容になっています。要は論理の話を例えばパリに行くという事実の話から説いていくわけです。

ですが、上記したようにあまりに駆け足ですから、ツッコミどころ満載(もちろん、悪い意味だけではありません)なので、ちょいとその満載の幾つかを折を見ながら補足しようかなぁと思っておりました・・・

そんな矢先・・・

またしても、長崎で悲惨な事件が起きてしまいました。

皆さんの中にも心を痛めておられる方がたくさんいらっしゃるでしょうし、我が子や我が孫は・・・とご心配されている方もいらっしゃるでしょう。

引き寄せに関心のある方は、引き寄せないようにとこの話題を避ける方もいらっしゃるでしょう。私(ブログ主)は引き寄せの法則を知っているのに、何故、こんな悲惨な話題を取り上げるのだ!と思う方もいらっしゃるかもしれません。

そこで、補足の例えを変えて、これを使って前回の補足をしようと思いました。論理を掴めれば、事実は違っても同じ側面があるのだなとわかることでしょう。でないと、長崎の佐世保に悲惨な引き寄せが働いているのかな?と単なる事実レベルの感想しか出ません。もちろん、法則ですから、そうでしょうが、それでは、我々はこの事件からあまりに学ぶものがないともいえます。

もちろん、私は心理学者や精神科医ではありませんし、ましてや学校や塾の先生、さらには教育学者でもありません。加害者及び被害者の事もほとんどわかりません。ニュースやネットでちょっと見ただけです。

ですから、これから解くことが原因だと言う気は毛頭ありません。ですが、事件の要因の一つ(とてつもなく重要ですが)であり、おそらくあまり前面に出てくる論理ではないでしょう。事実レベルでは指摘する識者もいらっしゃるでしょうけど。ただ、前回のブログを読まれて、ある論理性に気づかれた方がいらっしゃれば、この事件にも同様の論理が流れていることに気づかれるかと思います。

ということで、タイトルをご覧いただくと、今回は「場が変わると・・・」となっています。前回は「場を変える」でした。要は場が変わると脳が変わる(変わりうる、変わらざるをえない)ということです。

この視点から、加害者の彼女を見ると、去年に母親を亡くし、父親はすぐに再婚、彼女はマンションで独り暮らしです。15歳でマンションの独り暮らしが出来るほど裕福なわけですが、ちょっと想像(彼女の心に二重化)できれば、辛く寂しいだろうなぁということが判ります。それも、多感な思春期にです。大人になってしまった我々の寂しさ悲しさとは桁違いなんですが・・・

さて、独り暮らしであるということは、一番対話する時間が長い人は誰でしょう?

当然、自問自答という形での自分自身ですね。その自分自身は、思春期で脳細胞は当然に、全身の細胞が大人に向けて急激に成長しています。脳によって、思考し感じ、認識するわけですが、その脳自体が成長しているわけですから、我々大人(それなりに成長しきってしまった脳細胞)とは違い、ある観念(思い)も一定してるわけではなく、一瞬で変化する状態が常態です。

たとえば、気に入らない事があれば、「何だあいつ!」で済んでしまうかもしれないことが、「そもそもあいつは・・・!!!」となり、「ほんとうに、憎ったらしい!!!」となって、「ぶっ殺してやる!!!」と激的に一瞬で沸騰することも頻繁にあるでしょう。この程度ならば、皆さんにも経験があるかもしれません。まぁ、今でもそうだとするとちょっと?大問題ですが(笑)

さて、こんな観念が湧いても、我々大人は脳細胞自体は成長しきっていますから、もしも、普段から憎しみを抱くという傾向がない場合、憎しみを抱き続けるような観念を持ち続けることは難事です。何故なら、そのような観念を抱く、抱き続けるためには、そもそもそのように考えられる神経が発達していなければならず、それに付随して様々な生理学的変化、たとえば、憎しみが湧く、増幅するホルモンが頻繁に、多量に脳内に分泌されなければなりません。

つまり、自分の脳という実体が、そのように働く(機能)のみならず、実質(構造)にまで影響(変化、変質)するまで鍛え上げることを意味しています。以前、ブログで書いたように、鉄は熱いうちに打て!の論理です。

加害者は思春期なるが故に、脳は熱い鉄であり、如何ようにも変化する柔軟性があるわけで、我々大人は、そのような変化(脳細胞そのものを変えたい!!!)を願いつつ、冷えた鉄(脳)を一生懸命に打ち付けて(意志力で)、形(脳の実質)を変えたいと夢を抱いて機能の改善止まりが現実であるという論理です。

我々大人は思い続けても、激変させるのは至難なのに、思春期の子供は子供から大人への過渡期なるが故に、変化(それも実質、実体)が常態であり、その変化にどんな質を組み込むかは、その子の育ち方、すなわち、環境の多大なる影響を受けるということです。

ということで、加害者を見れば、多感な時期に、母親を亡くし、父親はあっという間に再婚、裕福なるが故に独り暮らしができてしまい、父親は新しい女性(義理の母親)との生活にときめき、自分は孤立から、さらに孤独へ。

一番長い話し相手である自分自身は、幼い認識から様々な人間関係を結ぶ中で成長し、認識の幅を大人(≒社会)へ向けて、広げていかなければならないのに15歳にして独り暮らしですから、問いかけの基点はまだ幼さを秘めた子供の孤独感、寂しさとなります。さらに、恐るべきことに、(親を筆頭に深く関わる)大人そのものが、況んや大人としてのモデル(模範となるべき)がいません。これでは、認識の修正のしようもありません。

絶えず、寂しさから、悲しさから問い続ければ、世の中の全てのことがその視点や感覚から見え出すようになっていきます。当然、その寂しさ、辛さを埋め合わせようとしますが、自力では満たされず(例えば非常に重要な家族愛)、周囲や運命、自分を呪うような思考へ、さらにはそれすらも感じなくなり、加害者のように殺し方へと行く(もっと幼少の頃から、家庭環境のゆえに残虐性への嗜好性もあったかもしれません)のはいとも簡単です。その質(観念)を保ったままの脳細胞へ量質転化していくわけですから、見た目は同じ脳(実体)でも中身(実質)はまったく異質なものへと変容していってしまいます。

長くなってしまいましたね。

前回は、自分を変えたければ、特に若者は可塑性に富んだ未来が可能なのだから、場を変えることで、激的に脳(細胞)の実質すら変えられることを説きましたが、その逆バージョンの大いなる悲劇的な成功例が、今回の加害者であるということです。

人間というものは社会的な生き物です。社会と関わらずには生きることはできません。だからこそ、如何に関わるかは重要なテーマですし、況んや、成長過程にある子供には如何なる教育課程を辿らせるべきかも充分考えなければなりません。

場(環境)という一つの因子からも、この加害者が置かれた状況が如何に危ういもの(残念ながら、危ういものだったになってしまいましたが)かが、多少なりとも理解いただけたら幸いです。
【2014/07/28 19:31】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
場を変える
前回、暑い日が続きますね・・・と書きましたが、あれは序の口だったんですね(^_^;)

いやぁ~、ホント暑いです。入道雲とか出てくれれば、夏の気分が最高なんですけどね。

さて、今日はRAURAさんのクリスタルボール演奏会がマーパイさんであったのですが、会場もいろいろな意味で熱かったですね(笑)

今回は1/fゆらぎがRAURAさんの演奏から出ているとの事で、強力なクリスタルボールが幾つか用意されていました。そのため、今回はいつもは寝て聞くのを座って聞く方式を取りました。

お陰で、寝ずには済みました(笑)

ですので、体験で明瞭に覚えていた事を書いておきましょう。

ただ、これが1/fゆらぎの影響なのかは私にはわかりません。ネットで1/fゆらぎを調べたのですが、私には難しいところが多々ありましたので、興味のある方はご自分で調べてみてください。詳しそうなのを一つ貼っておきます。

さて、私は三列目に座っていたのですが、音や響きが前の人達にぶつかってくるのはよく分かります。ですが、しばらくすると、調律が進み会場全体の場の周波数が同期しだすため、間にいる人達の存在感は消えてしまいます。

それでも、音は演奏者の位置から聞こえてきます。時折、凄く近くや自分の中から聞こえたりもします。これは、自分の周波数もそれらのボールの周波数にかなり一致してくるからでしょう。

ここまでは、まぁ、いつもの範囲内ですが、今日新たに体験したのは、耳元で演奏が聞こえる体験です。7~8個あるうちの明らかに一つか二つが、いきなり耳元で鳴っているように聞こえるんですね。

RAURAさんの場所の音と、いきなり耳元で聞こえる音ですから、凄い落差があって興味深かったです。座っていて寝落ちしてませんから、ハッキリと自覚できました。

これが、1/fゆらぎの効果なのか、はたまた寝落ちしていないから毎度の事をたまたま気づいただけなのか・・・まぁ、どちらにせよ、体験が増えたのはありがたいことです。

ところで、RAURAさんは拠点をアメリカからパリに移すそうです。パリの芸術の香りに惹かれてとの事ですが、素晴らしい向上心ですね。

このブログはときどき若い方も見て下さっているようなので、若者たちに一つ二つ。
もちろん、志あるもと若い方々にも役立つとは思います(笑)

さて、場を変えるというのは脳(身心も含めて)に絶大な影響がありますね。
だからこそ、震災などでは、悲しく辛い話ではありますが、高齢者から亡くなっていきます。例えば仮設住宅に適応できないとか・・・

逆に子供であれば、直ぐに馴染んでしまったりするわけです。要するに、それだけ、身心に絶大な影響(ストレス)がかかるわけですが、子供はその変化に適応できでも、高齢者には困難であるということです。

では、このストレスが悪かといえば、前回、書いたように逆から見れば、自分の身心を成長させる素晴らしい刺激となりえます。

震災のストレスはあまり意味はありませんが、もしも、自分から意図的に違う環境に飛び込めば、これは、論理的にはやはりストレスとなり、身心の負担となります。つまり、その環境に適応してサバイブするために、耐えられる身心へと神経系を含めすべてが成長しなければなりません。

つまり、場所が変わる前と後では、極端な場合、人が変わったと周囲から見えるほどの変化を起こしたりします。

これほどの変化は場を変えずに自分の意志のみで、変わるぞ!!!と決意しても到底不可能です。

何故なら、たとえば、芸術の都パリで様々なアーティストと交流したり、切磋琢磨したりする事は、日本にいては、幾ら映像やネットで見ても同様の刺激は不可能です。つまり、神経系は生の体験には及ぶべくもないのです。

さらに、ネット等であれば、自分の流儀を何ら変えず、つまり、自分の好みのパターンを変えずに見るのが常態でしょう。実際に住むとなれば、様々な予期せぬ出来事がこれまた、日々起きるが常態であり、オーバーに言えば瞬瞬刻々、それに対応するための神経系が発達しなければなりません。

だからこそ、昔は、可愛い子には旅をさせよ!!!と言ったのです。つまり、(住む)場所を変えると脳が変わるというわけです。

最近の大学生は留学とか海外に出るのを嫌うそうです。特に優秀と言われる東大生はそれが顕著だそうです。

つまり、自分の脳の埒内の安全牌ばかりを選ぶわけですが・・・俺の勝手だろ!!!と言い放ってもいいわけですが、保険や保証を求めるアタマは、もう老人と大差ありません。夢も希望もこじんまり!!!では、これは肩書きが泣くというものです。だから、良くて官僚、一番多い就職先は塾や予備校の講師なんて悲しい現実を迎えることになってしまうのです。

若いうちでないと、こういう身心に負荷のかかる体験は困難です。是非、夢ある若人には海外へ打って出てほしいものです。時代は地球規模なんですから。

さて、内容が高齢者向けではありませんでしたが、私もこちら側に移行しつつあります。気持ちは逸っても気持ちだけではどうにもならないというのも実感しつつある年頃です(笑)。

若い頃、インドに行ったときは朝昼晩カレーで1ヶ月以上、平気でしたが、今は、3日と持たないでしょう。特に、普段、肉は食べないので、肉食系の国では、一食でアウトです。身体が受け付けないんですね。これは、気持ちではどうにもなりません。

だからこそ、柔軟性ある若者には、その若さのあるうちのアドヴァイスです。

まぁ、でも、高齢者でも旅行という選択肢があるわけですから、日本を基点にして、あちこち行けばいいわけですね。お金をたくさん使えば景気も良くなるし。これぞ、年寄りの特権、大名旅行です(笑)
【2014/07/26 20:58】 | クリスタルボール | トラックバック(0) | コメント(0)
似たものだけど・・・
いやぁ~、暑い日が続きますね(^_^;)

とは言え、まだ梅雨が明けていない・・・

昔は夏は嫌いだったんですね。暑いので(笑) アホかいな、夏は暑いに決まっているだろう!!!と笑われる方もいると思いますが、インドに行ったとき、あまりの暑さにウンザリしたんです。でも、大陸性の夏なので、木陰は爽やかだったんです。で、日本に帰ってきたら、高温多湿でゲンナリ。

それ以前は、夏とは日本の夏という感覚と印象しかありませんでしたが、多少、爽やかな夏もあるということを知ってしまったので、比較対象が出来て、ウンザリ→嫌いという流れが出来たわけです(笑)

今、夏は好きなんですが、何故、180度変わったのか・・・それは、見る視点が変わり、それに引きずられて気分が変わったからです。夏の雲を眺めていると、それだけで、何故か気分が高揚して~♪

さて、同じモノでも気分が変われば、180度向きが変わることは、誰しも経験していることでしょう。綾小路きみまろ氏の話を皆さん、爆笑しているのを見れば、即実感出来ます(笑) まぁ、子供や若者には経験がないので、理解不能で、況んや共感は???でしょうけど(笑)

次に、似たような面白い記事があったので、まずはこちらをご覧いただきましょう。

読んで頂いたとして、どんな印象を持たれたでしょうか。

ちなみに、まず私が興味を持ったのは、伝染と感染の違いでした。この両者の並びを見て、初めて両者の違いが自分にとっては非常に曖昧だということに気づかされました。調べてみると、伝染も感染も厳密には、病原体に使うものなんですね。要するに本来は医学用語なわけです。それを、幸福感も伝染するという書き方をしています。

確かに、幸福感が感染するというのは違和感がありますね。感染では発病しているとは限らないわけですから(笑)

さて、次に感心したのが、タイトルの付け方です。

「幸福は伝染、肥満は感染する」と書いてあれば、多くの人が、興味を持つことでしょう。で、記事を読んでみると、最新の研究結果が報告されているので、成る程!!!と思うわけですが・・・よくよく考えてみると、こういう言い方も可能かもしれませんね。

「不幸は伝染、痩せは感染する」

研究者が、自分の好みで因果関係を切り取って研究したわけですから、全体の中の部分を見ているわけです。昔、今はテレビから引退された某有名司会者の、午後は○○おもいっきり・・・で、最新の健康法や病気の情報をテレビでやっていましたが、半年も経たないうちに、身体に良い物が、身体に悪い物として紹介されるのを見て、苦笑した記憶があります。

ですから、この内容は正しい(部分的には)わけですが、別の角度から見れば、反対も正しいことがありうるわけですから、ちょいと、反対のタイトルを書いてみました。

引き寄せから考えれば、事は単純で両者とも正解なわけです。その現象を、病原菌になぞらえて(感染のほうは、まさにそうです)注意を引くように書いています。

でも、論理的には同じでも、「幸福は・・・」と「不幸は・・・」では受ける印象が相当違います。つまり、波動が全然違うということですね。

ですから、自分に語りかける言葉をうまく操作すれば、自分の感情を主とした波動をかなりコントロールできます。

せっかく、幸福感が伝染すると書いてあるのに、後段の肥満は感染で良い気分を打ち消さないでくださいね(爆)

でも、凄いですね。皆さんの周囲、1.6㎞圏内の人は、幸福感が25%も増加しているんですから(*^_^*)
【2014/07/17 19:16】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
気づきが基点
台風の通過で全国的に荒れていますね(>_<)

この辺は、これからですが、勢力はかなり衰えているので、被害はそれほどでもないと思うのですが(^_^;)

さて、生徒さんたちの話を伺っていて、なるほどと思うことの一つに、『思考の内容』と『思考によって生じている感情や感覚の波動』の識別をするのが困難な場合が多いということです。

引き寄せの法則は後者に働くわけですから、関係性としては前者によって後者を操作することになります。

ですが、この識別が不明瞭なため、何か正しい考え(思考)を持つことが、現状を、さらには人生を好転させ、延いては幸福になれるのではと考えがちのようです。

何らかの考えを抱くことが、どんな波動を出しているかに気づいていれば、その考えの内容はともかくも、波動に注意できるわけですが、つい、考え(思考)の内容に夢中になってしまい、たとえば、幸福になりたいのに逆向きの引き寄せを起こしていることに気づかないことが多々あります。

こういうことは、自分よりも他人を観察しているほうがわかりやすいものです。

たとえば、『自分はこう生きるのがいいとわかった!!!だから、今後は、頑張るぞ!!!』

どう生きようとその人の勝手ですから、道徳論的にはともかくも、何を考えようがその人の自由なわけですが、もしも、幸せになりたいという希望を持っていてその決意をしているなら、内容(思考や決意)よりも、その時に発している波動に気づいているのか・・・ということになります。

山中鹿之助が、尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話がありますが、決して皮肉ではなく、まさに願いが叶って七難八苦が人生に降りかかってくれるわけです。

彼は、幸福になりたいのではなく、尼子家再興が第一義ですから、いいとして、自分はここまで極端でなくても、似たようなことをしていないかに気づくことが重要であるということです。

たとえば、『これで人生がよくなるんだ!!!』と、言い張って、言いくるめて、すなわち一生懸命ポジティブ・シンキングをしようとしている方がいますが、出ている波動を感じてみれば、随分と悲惨で辛いのかなぁと他者は感じてしまったりします。すなわち、現在、辛いんだよ~~~!!!と絶叫(という波動)が聞こえてくるわけです(笑)

同じような状況にいながらも、『でも、まぁ、こんな事もあるし、全てが悪いわけじゃないからなぁ。きっと、他にもいいことが起きるんじゃないか!!!』と考える方もいます。

両者の違いはどこにあるのでしょう。

引き寄せの観点からすれば、実にシンプル、前者は辛さの波動で、後者は楽観の波動です。

で、もう少し掘り下げてみると、前者の『思考』パターンは基本的には二択です。今(の辛い状況)を否定し、未来(の最高の状態)を夢見て、その落差(欠落感)が主たる波動です。ですから、願っていることは、不幸です(笑) そもそも、二択では波動の落差がありすぎて、チェンジは困難です。

後者は、現状を受け入れつつも、マシな状況を見つけては『今の気分』をもう少し良くしようとしています。要するにFeelGoodな方向を探しているわけですね。つまり、二択ではなく過程で物事を認識しようとしています。

要するに、過程で物事を認識できるようになれば、過程ですから、無限大に選択肢があることになります。ですから、必ず、好ましいことの一つや二つがあるわけです。二択の思考では距離があればあるほど、困難です。

東大じゃなきゃ嫌だと考えるか、大学はたくさんあるさ!と考えるか(笑) もちろん、東大に価値を置けば、前者としてはこれしか選択肢がありませんが(笑) たとえばキャンパスライフとか、さらには、留学とか、そして、人生とは・・・なんて視点から考えれば、そもそも大学に行くことも含めて膨大な選択肢があることになります。

なら、どの考えがいいのだ!と真面目な方は考えますが、たとえば幸せになりたいなら、今、この瞬間の波動を、よりFeelGoodな方向にしていけばいいだけです。論理的にいえば、死ぬまで幸せな気分が続くということです。何が人生に起きているかは知りませんが(笑) でも、幸せと感じるからには、そんな酷いことが起きるわけでもなく、むしろ、いいことだらけである可能性が大なのは当然でしょう。

ですから、要は波動に注意を払いましょう、気づきましょうというアドヴァイスでした(*^_^*)
【2014/07/10 16:11】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
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