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心の声って???
昨日の凄い寒さとは打って変わって、今日は穏やかな暖かい一日でしたね~♪

さて、前回のブログで心の声に従ってシンプルに生きたいと書きましたが、ひょっとすると、これって難しいと感じる方もいるかもしれませんね。

私も思考から来る感情と心の声をかなり明瞭に識別出来るようになったのは最近の事ですし(^_^;)

我々は例えば、日本の文化の影響を多大に受けて育ちますから、昔ほどではないにせよ、男女の違い、長子か否か、家柄や家系、地域性の違いなどで様々な価値観を染みこませながら成長していきます。さらに、大きくなるに従って、自分の考えや思想を形成し、それらの複合された観念に従って自分の人生を歩んでいくことになります。

これは、通常の事なわけですが、問題は本当に自分が望んでいることと乖離していき、それが量質転化を起こして、乖離していることにさえ気づけずになり、自分の「考えていること」が自分の本当に望んでいることと錯覚さえしていくことになります。

私がこれに、そこはともなく気づいたのは、フェルデンクライス・メソッドを習い始めた頃、先生にこう訊かれたからなんですね。「その動き、楽ですか?」 私は当然、楽だと思っていますし、楽だと感じていると信じて?いましたから、憮然として楽ですけど!言いました。

先生は、「こうしたらもっと楽じゃありませんか?」と違うやり方を私にさせて、両者を比較させたわけですが、当然、後者の方が楽でしたから、私は「あれっ?こっちの方が楽ですね。知りませんでした!」と答えました。

先生は笑みを浮かべながら、「なぜ楽なやり方を探さないんですか?楽なやり方を探してくださいと言いましたけど!」と言いました。ついでに「あなた、マゾですか?」とも。先生はユダヤ人でしたからこんな冗談が好きだんったです。お陰で私も口が悪くなっちゃいましたが(笑)

この時、指示は聞いてはいたんですね。でも、やっていたのは、自分のやり方の反復で、決して別なやり方やまして楽な方向を探してなんかいませんでした。

そっかぁ~、楽な方向を探すのが大事なんだな!!!と呟きながら、結局、幾星霜でしたね(^_^;)

時は流れて、自分が教えるとき、やはり同じ現象を頻繁に目にするわけです。なんで、辛いやり方をするんだろう?と・・・

比較してもらえば、やはり教わった方が楽とその時点では感じてもらえるわけですが、大抵の方は私と同様、幾星霜(笑)

後に、違いに気づける神経システムが発達してこないと難しいと分かりましたが、当時は、自分も含め、何で気づかないのだろうか?やはり、マゾ?なんて思ったりしてました(笑)

さらに暫くして、精神的に悩みを抱えた方々も何人かいらっしゃいました。その方々の幸せと思われるお話を聴いている時に、今、楽しいですか?とか、今、幸せですか?と訊いてみたんですね。すると、遠い目をして、楽しいです!とか幸せです!と仰ったんです。

私が楽しそうにも幸せそうにも見えませんが!というと憮然として、楽しいです!!!幸せです!!!と仰るんですね。本当に今そう感じているんですか?と伺うと、本当ですよ!!!と仰るわけです。怒りの表情さえ表して。

今、怒っていませんか?と伺うと、怒ってなんかいませんよ!!!と強い口調で仰るわけです(笑)

つまり、この時は外と内、つまり、自分の外に現れている怒りの表情や姿勢、呼吸、雰囲気と内なる感情がピタリと一致しているんですね。ですから、眺めている私からは何の矛盾も感じません。

ですが、楽しさや幸福感を伺った時は、明らかに内と外が乖離していたわけです。それに、ご本人がまったく気付いていないどころか、気づく事すら至難なわけです。

これが私の過去であり、多くの方の過去でもある(あるいは今も、ひょっとすると未来も)わけです。

本当に自分が望んでいる事が分からなくなっている人はたくさんいるでしょう。

男だから・・・長子だから・・・この家だから・・・金がないから・・・非正規だから・・・社長だから・・・日本人なんだから・・・etc.

能力がないから・・・美貌がないから・・・背が低いから・・・禿げだから・・・デブだから・・・黄色人種から・・・etc.

彼のために・・・彼女のために・・・友人のために・・・家族のために・・・国のために・・・人類のために・・・地球のために・・・etc.

本当は自分が何をしたいのか?何を望んでいるのか?

皆さんは本当は何がしたいですか?
【2014/11/21 20:59】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
心の声に従って~♪
少し寒かったですが、今日もこの辺は穏やかな一日でした。

さて、引き寄せに関して素敵なメールを頂きました。直接お返事するよりは、この法則に関して興味ある方にも参考になると思い、この方のメールの一文をお借りし、少し前回の補足をしておこうと思います。

自分の心の声に従って行動する事のすごさをと素晴しさを初めて体験した日となりました!

この一文はメールの最後の一文なのですが、私が特に心打たれた文章です。素直に自分の心からの感動を表現されており、私のように理屈っぽい人間にはなかなか書けない文章です。

私はこの方を直接知っていますから、ここまでの心情の変化を実感されたとすれば、ご自分なりに勇気の要る一歩を踏み出したのだなぁと推察した次第です。

多少補足をしておけば、ある事柄に関し自分の思った(願った)通りの展開が起きず、それに関わっている人に対し、非常に不満と失意を感じていたの事。ここまでの流れを端で聞いていれば、その人に意地悪さや悪意?を感じるのも宜なるかな!と思われるので、つきあい方を考えた方がと思えるのですが・・・私も似たようなものなので、気をつけないと(^_^;)(笑)

さて、話しっぷりから、一見そうなのかと思ったわけですが、よくよく聞くと、実はその人に確認を取っているわけではなく、ご自分の状況(心情)からの推測なんですね。むしろ、実はそうなっている理由もよくわかっていて、それでもその人の態度は自分の感情としては納得できない・・・

つまり、ある事象が目の前で起きていて、その事象自体はニュートラル(例えば無色透明)なわけですが、自分の感情のフィルターを通すと、ある色が付くためにその色に見えるわけです。

よく使われる例えの『コップに水が「まだ」半分あると考えるか、半分「しか」ないと考えるか』です。事実は単にコップに水が半分あるだけなのですが、それに対する自分の価値判断や感情が特定の色を付けるわけです。この場合は、『まだ』とポジティブに考える場合と『しか』というネガティブに考える場合の二択が主たるものとなります。

で、この方はこれまで、ある種の事象に対しては客観的に確認するよりも、主観的にご自分で推察する生き方を主として生きてこられたわけです。そして、その推察する時のご自分の流儀がネガの方向へ思考を膨らませていく方法なわけです。

ですので、当然、不快なわけですが、キチッと外界に確認していきませんので、その推理は自分の流儀でどんどん膨張していき、その不快さを自分に納得させるために様々な理由をこれまた同時進行で考え出し、ある意味、不毛の対話を脳内で行い、それ自体が自分を消耗させ、ウンザリさせ・・・というまさに引き寄せの法則(ネガ方向へ)を絵に描いたように実践されておりました。

もちろん、既にご自分がそのパターンを繰り返しているということは気付かれていたわけですが、パターンが始まる(技能化、癖)と自分の感情が一挙(加速度)にその方向へ流れ出してしまう(慣性)わけです。こういう、自ら不幸を引き寄せるやり方は、私も経験してきましたし、今でも至る所で行っている方々が多々いらっしゃいますね。

それほどポピュラーなパターンなんですね。これは!!!

前回、慣性の法則と加速度が付くと書きましたが、まさにこれが、止めたくても止められないの具体例なわけです。

これを視てみれば、決して本心ではそんな事をしたいとは思っていないのですね。でも、また、同じ事をしてしまう・・・多くの方が、経験していることでしょう。

そして、この方はこの時、意を決してやり方を変えたわけです。いつも通りのパターンで自分の脳内処理で乗り切る(不毛というより事実に基づかないのですから無意味な対話)を止めて、勇気を振り絞って一歩新たな方向へ歩んだわけですね。

その時、何を見たのか・・・

まるで、自分が想像していたのとはまったく違う光景だったわけです。自分の脳内では決して目にすることの無かった光景・・・

引き寄せの作用点がまさに変わった一瞬です。本当に自分の心に素直に従って行動することの素晴らしさ。誰かに寄りかかっていれば、傷つくことはないかもしれない、不満だったらその人のせいにすることも出来て自分を責めたり後悔したりしないで済むから・・・

でもそれでは決して得られないのですね。この感動は・・・

だからこその上記の一文なわけです。特に、『初めて』と書いてあります。それほどまでにご自分の人生の中で、妄想から出て自分の心の声に従うというのはこの方には難しかったのであり、それ故の感動となったということです。

これをさらに引き寄せ的な視点から視れば、自分の心の声に従いたいのに、従えずに来たこれまでの自分に嫌気がし続けていて何とかしたいという強烈な思いとして圧縮され続けたわけです。エネルギーは莫大なものがあったわけですね。

それを意を決して変えることで、一挙にエネルギーが解放され、当然、引き寄せの法則でそれは渦をなして広がっていく、増えていくわけですから、そこには思いもかけないギフトも用意されていたりするわけです。法則ですから当然なわけですが、自分の顕在意識からすれば贈り物としか思えないわけですね。乗り越えただけでも感動なのに、さらに贈り物まで!!!(笑)

この方のこういうバックグラウンドを知っていたが故の、頂いた感想の一文に私自身甚く感動した次第です。

こうしてみれば、妄想癖があったからこその飛躍とも言えるわけです(笑) とはいえ、毎度、苦しみを引き寄せていくわけですから、なるべくなら早く気付いて『もう』から『まだ』に乗り換えたほうが楽で楽しいです。自分もあるあると思われた方はご参考までに。

さて、一文を説明するのに冗長になりました(^_^;)

私は直接知っていますから、説明不要なわけですが、不特定多数の方向けにするためには如何ともし難く・・・

ブログですから、書くしかないわけですが、自分個人としては、以前にも書きましたがもうシンプルに生きたいんですね。

例えば、RAURAさんの演奏会に聴きに行きたいから行く、会いたいから会いに行く、かつてはともかくも、今はたったこれだけしか理由はないんですよ(笑)

でもこれじゃー、シンプルすぎてブログになりませんから(笑) 

いつの日か、俳句や和歌で境地や想いを書けるようにでも・・・なんちゃって。
【2014/11/15 00:11】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
ほろ酔い加減で振り返る・・・
今日はこの辺は穏やかでいい一日でした。プラス、今はちょっとほろ酔いです(笑)

今日のマーパイさんでのRAURAさんの演奏会に自家製の葡萄酒を持ってきて下さった方がいて、後半はそれを飲んでの演奏でしたので、いや~、酔いの回ること×2!

私は普段酒は飲まない(今年初めてかも)ので、効きました(^_^;)

RAURAさんは、フランスでは水代わりにワインを飲んでいるそうなので、演奏も問題なしだそうです(笑)

というわけで、今回は初めて酒を飲んで演奏を聴きました。適量だと結構、いいものです~♪

そういえば、パンと葡萄酒は、キリスト教文化では大事にされているみたいですね。若い頃、エソテリックな教えをちょっと囓ったことがありますが、その際に高次の存在と交流する儀式の時にもパンと葡萄酒を使っていたのを思い出しました。

キリストの血と肉の象徴で、パンと葡萄酒に高次のエネルギーが降り、それを我が身に取り入れるためと聞いた記憶が・・・

だとすると、今日の演奏でもひょっとしたら、そんなエネルギーが降りていた???(*^_^*)

まぁ、思い込めば引き寄せの法則は働きますから、思い込みでも充分です(笑)

さて、思い込みで思い出したことを一つ。

前々回で、ミラクルムーンを思い込みのキッカケに使うことを思いつき、ある種のこじつけで、演奏会に行ったわけですが、今回もその流れの延長による新しい動きを感じました。

結構、今回思い切って来たという方が何人かいらしたのですが、必ずしもシンプルに思った通りにいかないということも多々あるでしょう。

私は引き寄せを知って気づいたのですが、自分が何かを望む時、得てして欠落にフォーカス(半ば無意識)して、願望を抱いていたんですね。

考えてみれば、至極普通の事だと思いますが、欲しいのは、手元に無いからなわけです。その時、自分の気持ちは、強烈に欲しければ欲しいほど、それが手に入らない、入っていないという欠落、欠乏感に意識がフォーカスしています。つまり、波動が欠落にマッチしているわけですね。

自分が長年やってるパターンですし、まさか欠落を引き寄せてるなんてまったく気づきませんでしたから、毎度同じパターンを繰り返し、その欠落感の渦が巨大化していくわけです。

私の場合、これに気づいた(以前書いた雨ばかり引き寄せる事への怒り)のが、5年くらい前、丁度、RAURAさんの演奏会が初めてマーパイさんで開かれた頃だったわけです。

それを期に本を読んで知識で引き寄せの法則がある程度理解できるまでに、2年くらいかかっているでしょうか。自分の観念(波動の基調)を変えるまでさらに2年以上、そして、考え方、思考のパターン、つまり、内面からやっと外側に変化がうっすらと出始めたかなぁという感じがここ最近ですから、計5年以上です。

スパーンと一刀両断に変えることが出来ちゃう人は、速攻で変えられるんでしょうが、私は自分なりに唯物論的な世界観、科学的かつ論理的な思考方法を意図的に身に付けることを20年以上やってきましたから、論理として納得するのは比較的容易でしたが、感情及び感性の技能化は思った以上に時間がかかりました。もちろん、今ですら過渡期ですから、今後も地道に継続していかないと、元の木阿弥です。

確かにマザー・テレサが言ったように、思考→言葉→行動→習慣→性格→運命の流れは唯物論的な世界観、思考様式の構築で実体験していますので、これを解体し、再度、引き寄せの法則の流れでこれを再構築するのは難事ではありますが、しかし、とてもワクワクして楽しみでもあります。

つまり、行動→習慣の辺りを多少なりとも実感出来はじめるまで5年ほどかかったわけで、これが強化されつつ、性格→運命にまで及ぶのがいつの日かはわかりませんが、努力は必ず報われるわけですから楽しみにしているといったところです。

今年もあと僅かですが、やっとここまで来たかと思うと感慨深いものがあります(笑)

だんだん加速度は付くし、慣性の法則も働くので来年度以降は、さらに楽しみです~♪
【2014/11/13 20:09】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
法則を垣間見る・・・
昨日の羽生結弦選手の精神力は凄かったですね!

あれだけのアクシデントの後に演技を行う、さらには演技がそれなりに出来るというのは日頃からの練習の賜物であり、それを支える精神力の成せる技でしょう。

彼の判断の賛否はいろいろあるとは思いますが、個人的にはああいう思想は好きなんですね。何かの為に、誰かの為に頑張るというのは。

彼自身に対する、あるいは彼を通じての自分及び他者への考え方という視点から考えてみると、様々な思いを抱きますし、学びが可能です。

そこで今はまだ、一般的どころか、常識的ではないゆえに、おそらく触れられることはないであろう引き寄せの視点から一点、書いておこうと思います。

もちろん、一般的かつ常識的ではないのですから、引き寄せの法則という視点を通しての私の今現在思うところであり、興味のある方に参考になればということです。

この法則が展開するに能って、考慮に入れておかなければならない事は、時間と強度ですね。つまり、どの位、それを思い続けているのかという事と、どれほどの感情を込めているのかということです。どちらかと言えば、この二点は、量的側面ともいえます。

質的側面は、その感情がどんな質(波動)なのかということでしょう。

時間的側面から考察する場合、その事象をより明瞭に判断するために、時間軸の長さが問題となります。

例えば、昨日のアクシデントは、一瞬という実に短い時間ですね。厳密に限定は出来ませんが、コンマ何秒~数分~数日くらいまでの短い時間が一つ。

さらに、数日~数ヶ月くらいの比較的長い時間が一つ。

そして、数年~数世紀にも及ぶ長い時間がもう一つ。

別に、これらは厳密に確定しているわけではなく、複雑に見える事象を時間というものをもう少し厳密化することで、複雑に錯綜しているかのように見えるものにも実は共通点があり、そこに必然性があるということを把握しやすくするためです。

さて、これらの視点から眺めてみると、あのアクシデントは瞬間ですからほんの短い時間の出来事です。では、あの一瞬の出来事は偶然なんでしょうか。誰にでも起こりうるという確立からすればある程度は平等でしょうが、あの時点で何故に羽生選手に起きたのでしょう。

私はさらに前日の羽生選手のショートプログラムの演技後の感想を求められているところをたまたまテレビで観たのですが、不満げで自分に対して憤りさえ感じているものでした。この時点で二位ですから、上出来と考えることもできますが、No.1というプライドからすれば、不出来な演技に我慢ならないというのも高みにいるが故の苦悩とも言えます。

私が危惧を感じたのは、その瞬間の不満の感情の表出に対してではなく、彼の身心の基底に流れている波動の荒さに対してなんですね。つまり、今の演技が上手くいったかいかないかという短いタイムスパンではなく、上手く演じたいのに、思うようにはならない、なってきていないというもう少し長いタイムスパンから滲み出てきている波動のほうです。

このインタビューを視た後、今回(翌日のフリーという短い時間)は少し難しいかもしれないなというのが第一に抱いた印象で、今後(その後の彼の人生)、何事もなければいいが(まずはあり得ないわけですが)というのが二番目に脳裏に過ぎったものです。

まさか、翌日あんなアクシデントが起きるとは思いもしませんでしたが、既に必然性の芽はあったんですね。

引き寄せというのは、一回生起限りが連続するというより、渦を為して大きくなっていくものです。ですから、太母さんはこれを称して、『転善業、転悪業』と言ったわけです。良いことであれ、悪いことであれ雪だるま式に増えて大きくなっていくと・・・。

人を祝わば穴二つ、呪わば穴二つ!とか、泣き面に蜂!とかの諺も、最後の局面、穴に落ちるとか、刺されるという短いタイムスパンにフォーカスしていますが、実は、そうなるにはそうなる必然性と時の経過があるという、短い時間と中程度の時間の複合体として説かれています。

ですから、彼のインタビューの場面を観て私の脳裏に彼の危うさが過ぎったわけです。もちろん私は、超能力者や霊能力者ではないので、具体的な現象の予知は出来ませんが、方向性の予見程度はできるわけです。この法則の意味を識っていれば。

さて、もっと長いタイムスパンで彼を視てみると、彼は他の選手に比べて多くの困難を乗り越えてきたようです。誰しも、その人なりの困難は人生あるわけですが、高いレベルに挑戦すれば論理必然的に、困難も質量共に多いのは至極当然です。

ましてや彼はゴールドメダリストです。世界一なわけですから、その苦難たるや我々の想像を絶するものでしょう。その頂に達するために彼は戦い抜くわけです。それに伴って、凄まじい負けじ魂と精神力が養成されていきます。

その精神力と負けじ魂が彼に、演技を止めることを許さないわけですね。我々ならいとも簡単に諦めてしまうであろうに。

さて、これをあるがままに見れば、実に素晴らしい能力です。特にスポーツ選手、アスリートにとっては絶対に欲しい能力でしょう。

でも、波動という視点からこの精神力、負けじ魂を視てみると看過すべからざる問題が潜んでもいるのです。

彼は、震災や喘息、そして今季は腰の故障と、本来であればどれか一つでも競技を続けることが困難な状況を乗り越えてきています。乗り越える度に、さらなる強靱な精神力に鍛え上げているわけです。

この困難に立ち向かう彼の精神力の支えの一つが、皆さんのお陰で・・・という、周囲の人々へ、日本人へ、さらに、頑張れば道は開けるんだというすべての人間への思いから来ているのは彼の生い立ちからこれまでを眺めれば至極当然でしょう。

ですが、多くの困難、不幸に見舞われていれば、人間、誰しもめげてくじけるのも常態です。その苦難を諦めずに一つ、また一つと乗り越えての、修練のあげくの精神力ですから、我々がにわかで頑張るぞと口走るのは内実が全く違うのです。

それほどの精神力ですから、この精神が棄権など認めるわけがないのです。泣く子と地頭には勝てぬ!の桁外れバージョンです。

この精神力の形成過程に着目してみると、どの困難も途轍もないものであり、仮にスケートを止めたところで、誰もが仕方ないよと認めてしまうほどのものばかりです。それに打ち勝つということは、通常の人間には至難ということであり、その幾多の至難を乗り越える度に、彼の精神力は至難を乗り越えられる強靱な精神力へと育ったわけです。

ですが、彼も人間ですから、老いてきます。つまり、精神力では如何ともし難いことがこれからどんどん出現してきます。だからこそ、彼のコーチは、もう少し長いタイムスパンで判断して、彼に今回は棄権を勧めたわけです。君はヒーローになる必要はないのだと・・・。

彼は、ヒーローになる気はないかもしれませんが、彼の精神が彼に逃げることを許さなかったわけですね。何故なら、そのようにして彼は問題を解決してきた(これた)のですから。

彼の無意識下には、問題から逃げてはいけない、立ち向かえ!、その姿を見せることがたくさんの自分を支えてくれる人への恩返しになるという強烈な思いがあるわけですから、逃げたら(棄権したら)、その強烈に培ってきた精神が自分を責めてさいなむわけです。

こうして眺めてみると、困難な問題を彼は見事に乗り越えてこられました。頑張れば、諦めなければ乗り越えられるのだ!!!という強烈な信念が形成されてきています。これは、実に素晴らしいことですが、波動を視てみれば、危惧せざるを得ないものがあります。

それは、困難を乗り越えるというと、通常、我々は困難を乗り越えた素晴らしさの気分、境地にフォーカスします。つまり、当然称賛します。乗り越えたのだから。

ですが、時間軸の視点からみれば、最後の乗り越えたという時間はごく短い時間であり、困難、すなわち、苦しんでいる時間のほうが圧倒的に長いのです。況んや、彼は20代半ばにして引退が付きまとうほどの過酷な状況下に人生がありますから、困難や苦難の連続が常態です。つまり、次から次へと困難、苦難がやってきてそれを乗り越えざるを得ないというわけです。

ですから、彼の場合、苦しみ→乗り越えるもの→乗り越える→次のさらなる苦しみ→どうしても乗り越えなければいけない→乗り越える→・・・という繰り返しの過程性が存在してしまうということです。

この過程性は困難な人生を歩む人にとっては必然性ですから、彼のみではありませんが、彼にはこれに震災や喘息という重荷も加わっています。これに自ら選んだとはいえ、スケート人生ですから、日々明るく、楽しく・・・というのはまずは無理でしょう。

彼を支えてくれた多くの方の善意と励ましを精神力へと転化していけたからこその彼の素晴らしさですが、それ故に、皆の思いに応えなければという強烈な思いが彼の身心を規定してしまいます。

つまり、ここまでこれたのも皆のお陰なのだから、我が身をなげうってでも!!!という思いが強烈にあることでしょう。これは、ある意味、山中鹿之助の『七難八苦を与えたまえ』を地でいくようなものです。

とすれば、波動の基点は『どんなに苦しく』とも頑張って乗り越える!!!となりますから、苦しみが引き寄せられることになります。劇画的に言えば、ショートプログラムで、上手くいかず、悔しい!情けない!との瞬間での思いと腰の不調で思うように練習が出来ていないという不満や不安などのもう少し長いタイムスパンの二つの時間が複合されて、フリー直前の事故を引き寄せたとも言えるわけです。

法則を擬人化すれば、そんなに悔しさや憤りが欲しいなら、願いを叶えよう!!!と。そして、彼の精神力がその苦しみを乗り越えるわけです。実は、まさに彼が望んだ通りなんですね。もちろん、無意識下で。

ですが、上記したようにこの法則は渦です。渦はだんだん大きくなります。いつの日か、彼にも超えがたいものがやってきます。この超えがたい苦しみは彼の精神には途轍もない苦しみです。当然、それを超えようとして超えられないので苦しむ。苦しみの波動を出せば、それが、作用点ですから、さらなる苦しみが次々とオーダーどおりやってくる・・・

この過程を通じて彼は、心頭滅却すれば火もまた涼し!の境地へと至れるのか・・・

あれほどの強大な精神力を培ってしまったので、その精神が質的転化を計るには長い年月がかかると思いますが。

私は彼なら出来ると信じています!!!
【2014/11/09 16:59】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
芸術の秋~♪
台風も沖合を通り、大きな影響もなく良かったですね。

数日前はミラクルムーンだったそうですが、皆さんはご覧になりましたか。

私は帰宅してネットを見て知ったので、観てません。171年ぶりだそうですから、残念といえば残念ですが、十三夜ですから、気を取り直して満月でも御利益があるだろうと期待して(笑)

要は引き寄せの作用点と考えればいいわけですから、都合良く考える、つまり、意識化すればいいわけです。例えばミラクルムーン繋がりの満月であるから格段にパワフルであると。

意識の焦点化をより有効にするために、聴覚ではマントラとか視覚ではヤントラなどの図形を使ったりするわけですね。これと似た作用を引き起こすべく、今回は特別な満月と意味付けすれば同じことですが、さらに強化するべく偶然にも昨日の(特別な)満月の日に『月の癒し 星の雫』というコンサートがあったので行ってきました。

これは私にとってはまさに月の縁ですね。コンサートがあるのは知ってはいましたが、行こうと思い立ったのは、ミラクルムーンの記事を読んで、見損ねた!!!と思ったからですから(笑)

ミラクルムーンのお導き?で台風も来ないし、申し込み番号を眺めていたらラッキーナンバーの33番だったので、これは今すぐ申し込め!!!という導きだなと(笑)

こじつけのオンパレードですが、結果オーライでした。芸術の秋ですし、実に実り多いコンサートでした。

まず、山田翔氏のピアノソロから始まったのですが、直ぐ目の前でピアノの演奏を聴くのは初体験でした。正確に言えば、私の場合、聴くではなく完全に視るでした(笑)

最初に彼が椅子に座った時に、かなりピアノから遠い位置に置き、非常に浅く腰をかけるのに驚きました。テレビ等で観た記憶のある人たちよりもかなり後ろに椅子がある印象です。

一曲目は激しい曲だったのですが、不思議な息づかいなのか、呼吸法なのか、激しい息使いが聞こえるのです。ピアノを激しく叩く時は、立ち上がるというより、ジャンプして叩くのにもビックリです。座っているときも時折、片足で中国武術の震脚(地面にドーンと足を踏み降ろすような動き)をして、床が地響きを立てていました。この時点では、ちょっとした格闘技の印象でした。

とはいえ、指は細く繊細で美しい動きをし、どこからあんな音が出てくるのか不思議です。まるで、鍵盤をなでているようなのに・・・

静かな曲ではピアノを弾くというより、舞っているようでした。音の余韻が消えていくのに合わせて、指や手が舞うのですが、その音をフッと消すかのように宙で指が舞うのは実に美しく・・・うっとり~♪

浅く腰をかけて、膝も少ししか曲がっておらず、ペダルに両足を置いているわけですが、通常、アレは難しいですね。特にガニ股の男には。

両手が低音域である左端の鍵盤のほうで演奏するとき、彼は左座骨を視点にして骨盤がかなりフリーに動くのですね。その時、右脇腹は縮み、左脇腹が開き、肋骨がかなり自由に変形してその肋骨の上を両肩甲骨が自由に滑ります。ですから、両ペダル上にある両足は乗せてはいますが浮いており、足で身体を支えていません。左座骨一点でユラユラと舞っています。

私はライブでピアノの演奏を、それもこんな目の前で観たことがありませんので、この方の特徴なのか、これが正式な弾き方なのか知りませんが、私にとってはどちらにせよ、凄い身体操作だなと感心しきりでした。

次にRAURAさんの演奏です。美しいドレスを着ての演奏ですから、是非とも観ていようと思いましたが、上まぶたと下まぶたの抱擁の誘惑には勝てず、途中から撃沈です(笑) 今回のお客さんは起きている方が多かったそうですが、それ、凄いです。

とはいえ、引き続きのコラボには興味津々でしたから、目が醒めました。きっちりと様式が決まっている西洋音楽と自由度の高い、クリスタルボールの演奏がどんな風にコラボするのか・・・特に印象的だったのは、ボールの周囲をこする時の波動と、ピアノの音の余韻の波動がシンクロするときですね。この時はとても素敵でした。

ピアノ側は自由度が少ないので、かなりクリスタルボールの演奏者のほうが合わせる能力が要求されるように思えましたので、私にはとても無理ですね(^_^;)

さて、RAURAさんはフランスに行かれて、一段とワールドワイドにご活躍されているようです。雅楽の東儀秀樹氏やバイオリニストの古澤巌氏ともお知り合いになられたそうです。

雅楽とはクリスタルボールのコラボは西洋楽器よりも相性が良さそうに思えるので、是非コラボをしていただきたいですね~♪

それとまさか一日に二度、古澤巌氏の名前をお聞きすることになるとは思いもしませんでした。朝、偶然、彼がNHKで生演奏しているのを観たんですね。そして、この日の夜にはコラボの話も出ていると聞き、是非、こちらもやって頂きたいものだと~♪

古澤氏のお名前は20年くらい前にお聞きして、ちょっと興味を持ったんですね。もちろん、私のことですから、音楽ではなく、当時オタクだった武術絡みですが(笑) 彼が表には出ない、凄い居合いの使い手の弟子になられたと小耳に挟んで、興味を持ったんですが・・・NHKの演奏を観て、いや、凄い演奏家なのだなと改めて感じ入りました(今更ながらすいませんm(__)m)

このお二人とは是非コラボをお願いします。もちろん、なるべく日本でお願いしますね(笑)

しっかし・・・かっこいいオヤジたちですね(^_-) アッ、俺も同世代だった(^_^;) がんばろっ!!!

というわけで、ミラクルムーンのお導き?で、結構楽しい数日でした(*^_^*)
【2014/11/08 02:08】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
縁結び
暖かい日が続きますね。

台風も近づいているようですし、今週末辺りは急に寒くなるかもしれませんね。前回の台風の後、暖かい空気を置いていくのかと思ったら、台風に引き寄せられて急激に北の冷たい空気が下りてきましたから。

さて、たまたまテレビで観たのですが、縁結びとは何とでも縁を結べると仰っている神主さんがおられました。

その話を聞いて、今まで一度もそんなことに気づかなかった自分に気づきました(笑) 要するに完全な思い込みですね。

縁結びとは良縁を求めて、男と女が願をかけるものだとばかり思っており、まったく、ただの一度も縁結びとは・・・縁を結ぶとは何か・・・そもそも縁とは何か?といった問いが脳裏を過ぎったことがなかったわけです。

読んで字の如く、縁結びとは、縁を結ぶことであり、物であれ、人であれ、形のない能力や神々とであれ、何とでも縁は結べるわけです。

辞書やネットでは男女の縁が主となっていますし、現代においては、ほぼこの意味一つと化しているといっても過言ではないでしょう。まぁ、今も昔も男と女にとっては何が何でも良縁を求む!というのが、一大事ですから、いつの間にやら、意味がこれに限定されてきてしまったのでしょうが、私にとってはまさにパラダイムでした。

もちろん、テレビで観たあの神社限定なのかもしれませんが、引き寄せの作用点を考える時、これは使える!!!と思いました。

例えば、神社にお参りに行くのも、その神社(の神様)とご縁を頂くわけで、そこで意図的に縁結びの願をかければ、そこの神様に媒介していただいて、自分の願いと縁を結んで頂けるわけです。

まぁ、神様を信じない人であっても、引き寄せの視点から捉え返せば、強力な作用点になり得るというわけです。

ただ、神様がいるとすれば、神様を巻き込む分、自分の願の内容には要注意だとは思いますが(笑)

錦秋の候ですし、新たなる良き出会い(人、物、教え、etc.)、すなわち良縁を求めて、神社にお参りしつつ願掛けし、紅葉を愛でるのも素敵かもしれませんね~♪
【2014/11/02 19:52】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(0)
いざ!自由へ フェルデンクライス・メソッド


フェルデンクライスを柱に、スポーツや武道、ダンス・バレエ、音楽・芸術などの表現を上達させたい人へ、そして、健康的で心豊かに日々を過ごしたい人に役立つことを・・・

プロフィール

kanfuboy7

Author:kanfuboy7
フェルデンクライス・プラクティショナー

夢は猫や虎のようにしなやかに自由自在に動く爺になる事です(笑) 現在、夢に向かってばく進中?

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